GUEST

鈴木 穂波(すずき ほなみ)

中学生からフェンシングを始め、強豪である日本大学へ進学。全国3位、団体優勝という輝かしい成績を納めた。

株式会社エスクリに所属し、オリンピックでのメダル獲得に向けて活動している。世界選手権 日本代表、ユニバーシアード 日本代表。

※インタビュー当時(2019年6月)の所属や情報を記載しております


今回はオリンピックでのメダル獲得を目標に活躍している鈴木穂波さんにインタビューを行いました。

中学生から始めたフェンシング。大学時代は大きな挫折を経験しましたが、最後の大会で個人3位、団体優勝という成績を納めた鈴木さん。挫折から得たもの、立ち直るキッカケなどお話いただきました。また、後半はフェンシングの楽しみ方をお聞きしております。

エト・ヴ・プレ(準備はいいですか)?


インタビューの前に、フェンシングについてご説明します!

フェンシングとは「ピスト」と呼ばれる試合コートに立ち、1対1で戦うスポーツで、『エペ』『フルーレ』『サーブル』の3種目に分かれています。

エペ』:鈴木さんが行っている種目。世界的にもっとも競技人口が多い種目であり、”先に突いた方が勝ち”という極めてシンプル。

フルーレ』:あの太田雄貴氏が北京、ロンドンオリンピックで銀メダルを獲得した種目。特徴は、『攻撃の優先権の尊重』にあり、攻撃-防御-反撃-再反撃といった瞬時の技の動作の応酬がフルーレの面白み。

サーブル』:最速の競技でフルーレ同様攻撃権があり、フルーレ、エペとの違いは、突く以外に”斬る”という攻撃手段があり、ダイナミックなところが魅力。


―フェンシングは東京2020の競技としてメダルが期待されています。鈴木さんがフェンシングを始めたきっかけを教えていただけますか?

小学4年生の頃に、母にマッスルミュージカルという舞台に連れて行ってもらいました。マッスルミュージカルは『SASUKE』や『KUNOICHI』、『スポーツNo.1決定戦』などに出場していたアスリートや芸能人の方が行っていた迫力のあるミュージカルでした。

ダンサーの方がスポットライトを浴びダンスを踊る姿がかっこよくて「私もこんな風になりたい」と思い、新体操に通っていましたが、新体操教室からダンスクラブを紹介してもらい、三島のダンスクラブへ通いはじめました。

―ダンスと新体操を習っていたんですか!ハードな小学生ライフですね。

そうですね。中学校進学もダンスの為に学校を選びました。当初進学予定だった中学校には、バレーボールとバスケットとソフトテニスの3つしか部活動がなくて、「私の好きな部活動ができなければ行く意味ない」と考え、新体操部のある中学へ進学しました。ダンスをうまくなるために!という思いでしたね。

―志が素晴らしいです!

ただ、ダンスを続けていましたが、中学校2年生くらいからなかなか上手くいかないことが増えてきました。

そんな中、北京オリンピック(2008年)の女子ソフトボールをテレビで見たときに、マッスルミュージカルを見た時以上の衝撃を受けました。

それまでスポーツ観戦をすることがありませんでしたが、ソフトボールの決勝だけは見ていました。当時、上野由紀子選手が手のマメがつぶれながらも412球を投げ切って勝利する映像を見て自然と涙が溢れたことをおモボ得ています。

―上野選手の412球は有名な話ですね。

日本のチームだからとか、ソフトボールが特別好きだったということではなくて、スポーツを見て初めて衝撃を受けたのと、ひたむきな姿にすごく感動をしました。これを機に「私もオリンピックの舞台に立って感動を与えることができる人になりたい」と思いオリンピックを目指すようになりました。

どうすればオリンピックへ行けるかを調べ始めたところ、フェンシングが可能性があると感じました。幸いにも自宅から通える沼津にフェンシング教室があること知りました。

後日知ったことですが、私がフェンシングを始めたきっかけである北京オリンピックの時、太田雄貴さんが銀メダルを獲得していました。

―オリンピックに出るという目的から逆算して競技を選ぶなんてすごいことですす。

それまでフェンシングのことを全く知らなくて、母からは「チャンバラみたいな競技だよ」と言われて、よくわからないまま、とりあえず教室へ行ってみようと思いました。

行った先の教室にたまたま日本代表のコーチ経験がある方がいて「君は身長が伸びると思うから『エペ』からやってみたら?」と薦めてられ、エペを始めました。

「オリンピック出場」を目的にしていたので、競技を続けていく中で『勝利』が私の中での全てになっていきました。

―大学は日本大学へ進学されました。日本大学を選んだ理由は?

当時、日本大学は全国で一番練習が厳しい大学と言われていました。私は高校の時から日大に練習に参加していたので、「私もここでやるんだろうな」みたいに感じていました。

日大は泥臭く努力を重ねて勝利する大学だったので、私も刺激を受けながら日大でやりたいなと思って進学を決意しました。

入学すると、練習量は多く生活態度などに対しても厳しいルールがたくさんありました。でも、絶対に負けないという自信はありました。監督も「1番」にこだわりを持つ人でしたので。

―これまでフェンシングの競技生活を継続するかどうか迷うことはなかったのでしょうか?

大学で結果が出ず、フェンシングを辞めようと考えたことがありました。それが大学2年生のユニバ―シアードの時です。

※ユニバ―シアードとは2年毎に開催される「国際学生競技大会」のこと

当時は「ユニバーシアードへ出場できなければオリンピックにも選ばれない」と考えていました。ユニバ―シアードへは、予選の優勝と準優勝が出場権を得ることができます。

大学2年生の予選の時、調子が良く結果も出せていました。おそらく、天狗になっていたと思います。予選で敗退してしまいました。相手はユニバ―シアード予選を優勝した子でした。

いつも負けた時は反省をするのですが、このユニバ―シアード予選の時はだけは負けた自分にすごく腹が立ちましたし、負けたことで私の人格を否定されているように感じてしまいました。

更に、その大会で同期がユニバ―シアードへ参加することが決まり、同じ大学生として比較されている気がして、会場にいる人全員が「敵」に見えてしまったんです。

その後はひどく落ち込みました。家族以外が「敵」に見え、練習も身が入らず、負けるのが怖くて勝負できなくなってしました。「誰も私なんか応援してない」と思い込んでいましたね。当時の練習とかあまり記憶に残っていないです(笑)。

そんなモヤモヤとした気持ちが長々と1年間続きました。

―1年間も!どのタイミングで心持ちが好転されたんですか?

変わったのは4年生の夏に教育実習へ行ったときです。

1年間悩んだ中で、私と同じ状況で悩んでいる人がいるなら、もうフェンシングを引退してそういった人を支える側になりたいと思い始めました。

そんなことを考えながら教育実習へ参加しました。私の出身高校は部活動がそこまで強くない高校でしたが、毎日部活動を一生懸命に取り組む生徒を見て、「オリンピックを目指しフェンシングを始めたのに、今の私は何をしているんだろう」と感じました。

3週間の実習期間はあっという間に終わり、最終日には生徒から花束や手紙をたくさんいただきました。

教育実習の担当教員が、私が高校3年生の担任で、「その花束や手紙は鈴木さんが頑張ったからもらうことができたんだよ」と言葉を頂きました。

その言葉を聞きオリンピックに出てフェンシングがしたいと思えるようになりました。

改めて「日本一」という目標を定めて強くなろうとフェンシングに向き合いました。練習や試合を重ねる度に結果が出てきました。そして、最後に迎えた全日本選手権で個人3位、団体戦では優勝という今までで一番良い成績を納めることができました。

―さて、東京2020の競技であるフェンシングですが、鈴木さんが考える「フェンシングのここを見てほしい」というものはありますか?

フェンシングは駆け引きを行う競技で、騙し合いをしています。すごく意地悪なスポーツなんです(笑)

わざと失敗した演技を見せて相手をおびき寄せてポイントを取ることや、同じ方向に剣を意識的にぶつけたりと、ピスト(コート)の中でどういう駆け引きを仕掛けているのかを見てほしいです。

私の種目(エペ)はランプがついたら得点というわかりやすいルールなので、見やすいかなと思います。駆け引きの距離とか見てほしいです!

あとは、フェンシングは『華麗なスポーツ』というイメージがあると思いますが、得点した時に雄叫びをあげるくらい感情が出るスポーツなんです。そこも魅力ですね。

―エペを見るときの楽しみ方は駆け引きの他にありますか?

まず、私が行っている種目の『エペ』は3分やって1分休みを計3セット行う中で15点獲得したほうが勝ちというルールです。

見ている場合、ランプがついたら1点獲得になるので、簡単にいうと15回ランプが点灯した人が勝ちです。

大会の決勝やオリンピックなどでは接戦になることが多く、逆転することもあるので、最後まで勝利者がわからないことが見ていておもしろいポイントだと思います。

点数の積み重ねが駆け引きに変わるので、今得点を取った技が次はフェイントで使えたりと攻め方を変えていくことが多いです。

―ありがとございます!最後に部活を頑張る学生へメッセージをお願いいたします。

「自分と向き合うこと」を大切にしてほしいと思います。

私も教員採用試験のために自己PRを考える時に、ネットで定型文などをたくさん参考にしました。特に体育会の私たちはスポーツをやってきているので「努力し続けることができます。」や「忍耐力があります」など定型文がたくさんありました。

でも、それは自分の言葉ではなくて、他人が考えた言葉を自分と照らし合わせてちょっとアレンジして書いているだけじゃないですか。

自分が経験してきたことで嘘は一つもないし、結果の良し悪しではなく、自分が大切にしていたことを伝えることが大事なことだと思います。

自分を見つめなおすことはとても時間がかかるし、苦しいもありますが、自分の強みを理解して、その会社で働きたい理由や本当にやりたいことなど自信をもってアピールできるし、やるべきことも自ずと見えてくると思います。

そして、夢を叶えることは簡単ではありません。でも諦めない気持ちがあれば必ず叶うと信じています。

どんなことでも、途中で諦めてしまったら夢は叶いません。でも、諦めずに小さな努力を続けることが重要で、努力の方法を変えたり、周りと協力すれば叶うことはすごくいっぱいあると思います。

この記事を読んだ人の中で悩んでいたり、諦めようとしていた人がいるならば「絶対そんなことはないよ」と伝えたいです。


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