本日は東海オフィスのサブマネージャー、大本さんにインタビューをしました。1年目には特別新人賞(新人準MVP)、2年目は年間MVPを受賞し、3年目という若さでSection長代理(いわゆる課長代理)へと最年少昇格、現在は東海オフィスで前人未踏となる4年連続の年間エリアMVP達成に向けて尽力している大本さんの、スポーツフィールドに入るまでのエピソードと、これから先の目標に関して聞いてみました!

編集発言

なし:大本発言

■本当は野球教室に行くはずだった。サッカーを始めたきっかけは母親の影響

仕事の話はさておき(笑)、大本さんと言えば大学サッカーのリーグで得点王。いつからサッカーを?

 幼稚園からサッカーを始めました。元々は野球を習いたいと親には言ったそうですが、当時Jリーグが盛り上がっていたタイミングで、親が「キングカズ」こと三浦知良選手のファンであった事から連れていかれたのがサッカー教室でした(笑)
泣きながらサッカーの体験練習をしていたそうですが、結果的にはそれが始めたきっかけでした。今では感謝していますけど、当時はめちゃくちゃ泣いていたらしいですけどね。

幼少の頃の習い事は、本人の意向よりも親御さんの意向が先に立つよね。

 小学校は受験をした関係で、電車、バス通学だったので、家に帰ってきてサッカーのクラブチームに通うという毎日を過ごしていましたね。中学校はそのまま進学して、部活のキャプテンもやっていました。国公立だったのでノートをとっていないのは僕だけ、みたいな環境の学校で、周りはみんな優等生。そんな中、僕自身はずっとサッカーに打ち込んでいました。

サッカー少年、大本。その後はどんな進路を?

 高校は、京都の大谷高校というところに進学しました。理由はサッカーだけではなくて、親の仕事の都合もありました。当時は、親とよく相談して進学しました。そこから、愛知東邦大学には、サッカー推薦で入りました。家を出て自立したいという思いや、(早く進路決定して)選手権に集中したいと考えて、たまたま先輩が進学していたという縁と、進路決定の早さを勘案して、決めました。

■大学進学後、留学経験を経てSFへ。大学時代と同じように目標に向かえる環境へ。

大本さんのことだから、大学での競技成績は現在の仕事同様、優秀だったんだよね?(笑)

 いやいや、そんな成績ではなかったですね。大学は、東海リーグ2部だったんですけど、最初はまったく勝てるチームではなかったです。髪の毛染めるのもOK、たばこもOK。髪を染めることが一義的に悪いというわけではないですが、そういう規律がなくて組織として統率が取れていなかったんですよね。
ただ、選手層としては決してレベルが低いわけではなかったので、チームの環境をもっと良くしていく必要があると思っていました。でもそんな矢先に、怪我をして練習ができなくなり、実は一回留学に行きました。

ん、留学?初耳。

 英語を鍛えたくなって(笑)大学の姉妹校にアメリカのシアトルへ語学留学しました。留学経験は今の仕事をする上でも役に立っている事があるので行って良かったと思います。僕は学生面談で握手から始めて握手で終わるんですが、そういった距離を縮めるコミュニケケーションは留学の中で自然と身に付いたかなと。
留学から帰ってきたあとは、さらにサッカーに打ち込むようになりました。その後、得点王になることを宣言してから練習に取り組み始め、それが今の自分の有言実行ぶりにつながると思います。リーグで得点王になった年、実は、得点の半分以上が後期だったんですよね。前期はほとんど点を取れなかったんですけど、後期トレーニングを積んで得点王を達成することができました。得点王になる!と公言したからこそ、自分自身を律することができたし、一貫して目標に向けたトレーニングをすることができたと思っていますね。

大学卒業後、スポーツフィールドに入社した理由は?

 スポーツフィールドを選んだのは、橋本さん(マーケティング室)がきっかけでした。実は就活を進める中で、今の当社の取引先を含めた8社くらいから内定を頂くことが出来たんですが、その時点では軸を持たずになんとなく就活をしてしまった感じがありました。いざ内定を頂いた会社を見返した際に、業界もバラバラ、条件もバラバラで、選社軸不在でどこに行くべきか選べなくなってしまったので、悩んだ末に一旦全てを辞退して就活を再スタートしました。
そんな折に、自身の担当スタッフであった橋本さんに、それであれば当社はどうか?と誘ってもらって。まず直感としては面白そうというか、自分らしく働けそうだとは思いましたし、自分のように(迷ってしまった)人の支えになれることは良いことかなと思いました。改めて自分が働きたい環境をじっくり考えても、自分自身が成長できるかどうかということと、一緒に働きたいと思える人がいるかどうかというのはすごく大切なことでしたので、その点をクリアした当社を志望するに至りました。

■新人賞を取れなかった日からの1年間、葛藤を乗り越え達成した4冠の価値

入社式で、新人賞をとる!と、宣言していたよね?あのときの心境は?

 大学時代に、(得点王を)本気で獲ると決めて、実際に獲ることができて、社会人でも同じようにやりたいと思っていましたし、やれると思っていました。だからこそ、自分自身の入社式で新人賞を獲りますと宣言しました。1年目のときは、本当に新人賞をとりたい!その1点しか見ていなかったですね。ただ、鶴巻さんもご存知のとおり、4月5月、めちゃくちゃ苦しい時期がありまして…

確かに、そんな時期もあったね。最初のころはよく電話をしていた気がする。

 ただ、いろんな人に支えられて、あきらめず、苦しい時期こそ「新人賞、絶対とります!」って言い続けていました。自分自身の性格上、言わなかったら逃げるタイプだと思うんですよ。自分自身の弱さを知っているからこそ、敢えて逃げ道をなくして自分を奮い立たすようにしていました。弱さを知ることで、自分自身を強くすることができたのかもしれません。好きで公言しているというよりかは、自分がやらないといけない、という環境を作るのが大切なのかもしれないですね。

一年後、(全社表彰を行った)札幌ドームで新人賞としての名前を呼ばれなかったとき、どんな心境だったの?

 今でもはっきり覚えていますけど、めちゃめちゃ悔しかったですね。あとは、東海の先輩にも申し訳ないという気持ちで一杯でしたね。ただ、その際に自分自身の中で4つ決めたことがありました。同期最速で全社月間MVPを獲得、全社年間MVPを獲得、3年連続となる東海エリアの年間MVP獲得、そして次に入社してくる東海エリアの後輩に新人賞を取らせることでした。結果的に2年目の1年間はすべての目標を達成し、自分の中での4冠を達成しました。

それはお見事。特に自身で叶わなかった賞を、後輩(北原さん)に獲らせてあげることができた要因は?

 公言することで、目標達成ができると思っているので、それを導入しました。北原さんとの毎週のミーティングの中でやっていたことがあるんです。それは、達成したときのことを想像し、二人でイメージを膨らませてからミーティングをはじめていました。北原さんとのミーティングの中でも、自分自身がやっていたこと、取り組んでいたことを共有して、常に達成する方法を考えるように話しました。改めてですけど、自分自身だけでなく、北原さんが目の前で達成したところを見ていて、達成したいことや、なりたい姿をイメージして、それをはっきり公言することが一番大切だということに気づきましたね。今では、全員の目標を掲示して、東海オフィス全体で取り組んでいます。

ほかに独特の取り組みは?

 朝礼の項目で「今日の一言」というのをつくって、自分自身の好きな言葉とか、名言とかを話す機会をつくりましたね。個人的にはそういった取り組みは好きでやっています。それが東海オフィス全体にとって、良い雰囲気づくりのきっかけになっていたらいいなとは感じていますね!

■叶わないものはない。それが私にとっての「目標」

 目標は、強く思い続けることができれば、必ず叶うものだと思っています。私の好きな言葉に、ウォルトディズニーが残した、「If you can dream it, you can do it.」という言葉がありまして。これは年間の表彰式でも話させてもらったことなんですけど、夢を見ることができれば、何でも叶えることができると。私自身がそれを学生に対して示し続けていく必要があるし、社内に対しても同時に示し続けていかないといけないと感じています。

 先ほども話したんですけど、最初は全くといっていいほど活躍できず、営業の数字的に苦しい時期もあったんですけど、ただひたすらイメージしたことに向かって走り続けることができた結果、僕みたいな学力レベルが高くない大学の出身でも、夢や目標に向かって一生懸命努力することができれば、結果を出せるということを証明できたと思っています。これから先も今までの経験を活かしながら自分の人生を生き続けていきたいと思います!

最後は大本さんらしいですね!今日は本当にありがとうございました!

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