GUEST

笹原 龍(ささはら りゅう)

写真はご本人提供

プロテニスプレーヤー。宮城県出身。コート内外で華のある選手、指導者としても日本テニス界を背負って立つ存在として注目されている。

19歳からアメリカに拠点を移し世界各国を転戦(主にアメリカ、欧州、他)。その際、積極的に訪れた国の文化に触れる。

海外を拠点に活躍する傍ら、「世界で戦えるジュニア」の育成活動や国内テニス普及活動にも精力的に参加するほか、メディア出演、又SNSの情報発信を積極的に取り組んでいる。

2022年度の国際大会に向けて日々奮闘中。


目次

■ プロテニスプレーヤーの活動

■アスリートができること

■一生懸命スポーツを楽しむ


プロテニスプレーヤーの活動

-笹原さんがプロテニスプレーヤーとして活動するようになったきっかけを教えてください。

ジュニア卒業後にアメリカのコーチからスカウトを受けた事です。

2011年大学入学時の話になりますが、私は、東日本大震災の影響で大学への入学と部活への参加が1ヶ月遅れてしまい、少しの意識の差が生まれました。

国内トーナメントを転戦している中で、たまたま私がプラクティスコートで練習しているとアメリカから日本へ遠征の為、来日したコーチと選手が「練習のサポートをしてもらえないか」と声を掛けていただき、連日ヒッティング等のサポートを行いました。

すると、コーチから「よかったらアメリカでチャレンジしないか?チャレンジできる環境を用意する」というお話を頂きました。

写真はご本人提供

現状を変えたい、チャレンジしたい気持ちを胸に翌年の2012年アメリカへ向かい、プロテニスプレーヤーとして活動をスタートいたしました。

-アメリカ以外にもヨーロッパなど世界各地で活動されていますが、何故ヨーロッパへ行かれたのでしょうか?

ロサンゼルスを拠点として3年が経った2015年、ハワイでのチャレンジャー予選がありました。そこで、元台湾デビスカップ代表選手のコーチから「フロリダを拠点にしないか」と誘われました。

所属していたロサンゼルステニスクラブコーチからは「もう教えることはないよ。次のステージでチャレンジしなさい」と背中を押していただき、ロサンゼルスからフロリダへ拠点を移しましたが、2017年トランプ氏がアメリカ大統領就任となり、ビザの発給が遅れ、やむを得ず日本へ帰国しました。

そんな私に人生の転機が訪れ、オランダのテニスクラブから連絡をいただきヨーロッパへ拠点を移します。

その後ドイツ、スペインで自身の選手活動と並行して「海外での挑戦は誰にでもチャンスがあること」を伝えるため、日本の子ども達をヨーロッパに招いたりしました。

また、2019年遠征時に試合会場にて開催されていたタッチテニス(通常のテニスよりもコートが狭く、スポンジボールを使用するテニス)にチャレンジし、国際大会を優勝することができ日本ランキング1位となりました。

遠征の合間に2020年イギリスウィンブルドンタッチテニス世界大会へ出場する予定でしたがコロナの影響により大会が中止となりとても残念です。

色々な事に挑戦してみると逆風が起こることもありますが、恐れず、固定観念に縛られずどんどん挑戦していくべきだと思います。ラケット競技にも色々な種類、楽しみ方があります。何か私の活動を通して、共感いただける方や、ラケット競技を始める人が増えてくれれば嬉しいです。

スポーツ以外にも滞在した国々に触れることが出来ました。

滞在した国々の町並みを歩き、人と触れ合うことで見えてくる景色。そして文化がありました。

特にオランダで行われたジュニアの試合で見た光景がとても素晴らしいものだと感じました。

試合終了後に、勝った選手が負けた選手のところへお菓子などを持っていき、お互いのプレーのフィードバックを行うのです。二人とも、仲良く大好きなテニスについて話している光景は心に響くものがありました。

こうした光景こそ、スポーツで一番必要なことだと思いますし、観ている人の心を動かせるものにも通ずることだと学びました。

東南アジア遠征時では、日本のスクールでは破棄されてしまうようなボールを、国を代表する選手達が大切に使っており、改めて日本でスポーツができる環境は恵まれていることを実感しました。何か力になりたいと考え、遠征時には日本からスクールでの破棄ボールやテニス用具を寄贈したこともあります。

写真はご本人提供

-新型コロナウイルスの影響により、世界中でスポーツの大会が延期・中止になっております。テニス界ではどのような影響がありましたか?

予定していたイベント、試合は軒並み中止になりました。

また、国際大会に出場していなければ当然世界ランキングは下がります。ランキングの高い選手は数少ない大会に出場しランキングを守れますが、ランキングの低い選手はそもそも大会がなく辛抱の時が続いています。

先に述べた様に2011年東日本大震災で私は被災しました。情報もライフラインもない中を必死に1日1日を生きました。

今回のコロナ禍中はまさにあの時と同じだと思っています。失った時間は決して戻りません。

ならば立ち止まるよりも何か出来る事はないか、今だからこそ「出来る事は何か?」を考えました。

アスリートができること

-笹原さんがコロナ禍の中考えた「出来ること」はどのようなことでしょうか?

現実問題として使用可能なテニスコートが減り、大手企業スポンサーも撤退している状況です。

しかし次の世代の子ども達に我々ができることは、国内ラケット競技の普及やメディア出演などを行い、国内でのテニス認知や国内選手の価値を上げることだと考えています。

最近ではトップ選手自らYouTubeやSNSでテニスの技術や選手としての経験を発信している方々が増えています。

この様に選手自身のセルフマネジメントがとても大切です。

混沌とした今だからこそできることは、ラケット競技の普及、国内でのテニス認知や国内選手の価値を上げ自分達の魅力を知ってもらうことではないでしょうか。

普及活動として、中央自動車道にある談合坂サービスエリア(山梨県)でテニス体験会を行いました。多くの方々に参加いただきましたが、体験してくれた子ども達もですが、保護者達も夢中になり、大盛況に終わりました。

その他にも、スポーツイベントや大型商業施設でもテニス体験会を行い、テニスの魅力をより多くの人に伝えることに取り組んでいます。

写真はご本人提供

この様な活動を通して各方面の方々がテニスに興味を持っていただき、その出会いから次のキッカケが生まれます。恐れずチャレンジすることで「新しいチャンス」に繋がります。

一歩踏み出すことでアスリートには夢や希望があることを、子ども達を含め多くの方々に伝えたいです。

今、子どもたちが選ぶ将来の夢で、スポーツ選手が1位ではなくなりました。非常に残念なことだと思います。私達の活動を通じて、テニスへの注目を集めたいと考えています。スポーツは楽しいこと、夢のあることだと伝えることができれば、スポーツに取り組む子ども達が増えると思います。これからも自身の活動に並行して沢山のできることに積極的に挑戦していきます。

一生懸命スポーツを楽しむ

-ありがとうございます。最後に、笹原さんが想うスポーツの価値について教えてください。

スポーツは、人生において大切なことを学ぶことができるものだと思います。

人との繋がりや人間力、チャレンジ精神を育むことができると思います。また、自分を表現できるものです。最初にスポーツを始めた時は、誰もが楽しくて夢中になったと思います。

ですが、レベルが高くなるほど、「勝敗」というものに執着してしまいます。

「白黒はっきりすること」や「決まり事」ってもちろん大切ですが、いつの間にかそれらに囚われ過ぎて「結果」が出ないから、自分はダメなんだと…。

しかし勝ちか負けかではなく、勝ちか学びの精神でチャレンジしている過程も含めて楽しむこと。本来、スポーツは楽しむものです。

写真はご本人提供

スポーツを心の底から楽しむことで勝敗以上に重要なものを得ることができると思います。

私は敗戦から大きなチャンスを得てきました。

一生懸命スポーツ(人生)を楽しめば、より豊かな人生を送ることができると思います。

スポーツを通して素晴らしい未来があることをこれからも自身の活動に並行して発信できればと思います。

私の人生は、とても楽しく、充実しています。


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