GUEST

髙山 樹里(たかやま じゅり)

屋外, 人, フェンス, 女性 が含まれている画像

自動的に生成された説明
画像:ご本人提供

元ソフトボール選手。3大会連続でオリンピックに出場。アトランタとシドニーでは開幕投手を務めた。通算8勝はオリンピック記録。

・アトランタ(1996)4位

・シドニー(2000)銀メダル

・アテネ(2004)銅メダル

また、2009年7月からボブスレー競技(女子2人乗り)選手へ転向。2010年バンクーバーオリンピック出場を目指すことを発表したが、惜しくも11月に選考から落選。2009年12月にはスケルトン選手としても活躍した。

2020年から車椅子ソフトボール協会会長を務める。

書籍:オリンピック選手直伝! 競技で結果を出す食事術


目次

■最年少選手 (当時) が感じた心境

■先人の努力が日本を強豪国に

■他競技への挑戦

■スポーツへの想い


最年少選手 (当時) が感じた心境

-髙山さんはソフトボール日本代表として3度オリンピックへ出場されております。元々、オリンピック出場への憧れはあったのでしょうか?

私の夢はオリンピックの開会式に出ることでした。幼い頃、テレビで流れていた開会式で同じウェアを着た日本選手団が堂々と行進しているのを見て、私もこの世界に入りたいというのがオリンピックへの憧れの始まりでした。

ソフトボールは、私が高校三年生の時(1994年)、1996年アトランタオリンピックからソフトボールがオリンピック種目になることが決まりました。

私はジュニアオリンピック代表を経て、1996年のアトランタオリンピック日本代表選手として当時最年少の19歳で選ばれました。

-1996年アトランタオリンピックでは、当時、チーム最年少(19歳)で日本代表として選ばれました。当時の心境を振り返るといかがでしたか?

正直な話をすると、選ばれた時は精神的に辛かったです。

日本代表のピッチャーは(当時)4人しか選ばれません。つまり、選考から落ちてしまった選手がいるということです。4人枠の一つに経験の浅い私が入ったわけです。

私は落選してしまった選手の分まで頑張らなければいけないという責任を感じました。喜びよりも、結果を残さなければいけないという想いが強かったです。

-1996年アトランタオリンピック、2000年シドニーオリンピックでは開幕投手に選ばれました。とても貴重経験をされたと思います。

そうですね。私の一球から試合がスタートすると思った時に、「凄いことをやっているな」と感動しました。

それを2度も経験できたことはうれしいですよね。

-実際に登板するときは緊張しましたか?

はじめての1996年アトランタオリンピックでは、ソフトボール競技だけ会場が異なり、アトランタから離れたジョージア州で開催されました。

開会式こそ、オリンピックへ出場している雰囲気を味わいましたが、いざ、試合になると会場は遠く離れていますから、ソフトボールの世界大会のような雰囲気でしたので、特別な緊張感はなくリラックスして登板できました。

先人の努力が日本を強豪国に

-今は、オリンピック競技の中でソフトボールはメダル獲得の期待が高い競技だと感じています。髙山さんの時代はいかがでしょうか?

私が経験したアトランタ、シドニーオリンピックの時は他国に勝つことが厳しい世界でした。

今は上位に入り、メダル獲得が当たり前と思われていますが、勝つことが出来るようになったのは、必死で積み上げてきた先輩たちの努力があったからです。

ボールを打とうとしている選手

自動的に生成された説明
画像:ご本人提供

-日本代表が強くなった背景には先輩たちの努力と仰っておりましたが、具体的にいつ頃から強くなったのでしょうか?

宇津木妙子さんが監督になってさらに強くなったと思います。

当時は、100日間以上海外遠征や合宿を行っていました。特にシドニーオリンピック前の合宿は人生で一番厳しかったです。

朝からずっと走り続け、1時間アップし、アメリカンノック、個人ノック、連携ノック、ケースノック、午後からは打ち込み(1日1000本)、投手は投げ込みと走り込み、一通り終わったら全体でトレーニング。

ホテルに帰っても個々でトレーニング、道具整備を行っていました。

-厳しく、苦しい時代を乗り越えた先に、今の日本代表があることを知りませんでした。

厳しい練習、努力を積み重ねた先に結果が出ると思っています。

日本代表というのは、多くの厳しい環境を乗り越え、諦めず戦うことの出来る選手が日本代表だと思います。

日本代表チームが強くなったのは、選手の努力もありますが、個人的には、チームを支える宇津木監督の存在が大きいと感じています。

宇津木監督は、一番にグランドに来て選手と同じように走り、一番バットを振っているので、選手も必然と練習をするようになります。

また、監督自身が選手とコミュニケーションをとってくださるで、お互いの考えを言い合える関係性が出来たことは大きいと思います。絆が深まったと思います。

また、マスコミや協会などの間に入って選手が集中して取り組めるように、100%の力を発揮するための環境を作ってくださったのも本当に感謝しています。

-日本ソフトボールの知られざる歴史背景を知ることができました。今までよりも力を込めて応援することができると思います。

私達は、先輩が築いたものを繋げることがやるべきことだと思っていました。

苦しい時代を乗り越えてきた先輩、今もこの想いを繋げてくれる選手たちに感謝の気持ちで一杯です。

今の日本代表ソフトボールチームも先人たちが積み上げてきたものを大切にしていると思います。だから日本代表は、日本の期待に応えられるチームになったと思います。

-髙山さんはソフトボール競技の経験から学んだことはどのようなことでしょうか?

ソフトボールを経験し学んだことは、礼儀作法、言葉使いといった、人として必要なことを学びました。大人になって活きていることばかりだと思います。

私は中学、高校、大学と上下関係が厳しく、時には理不尽と思われることも経験してきました。先輩からは礼儀についてみっちりと教育を受けました。当時は「なぜこんなにも厳しいのか」と思っていましたが、社会人になってから活きてくることばかりでした。

こうした厳しい指導や教育があったからこそ、人は成長しますし、正しい規律を持つことができました。

他競技への挑戦

-貴重なお話をありがとうございます。少し話題を変えます。髙山さんはソフトボールの後、ボブスレー、スケルトンの選手として活躍されました。キッカケは協会から招聘されたとお聞きしました。

2010年バンクーバーオリンピック出場を目指すため、日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟からお声を掛けていただきました。

会社はソフトボール選手として所属していましたが、社長へ相談したところ背中を押していただけ、2009年からボブスレー(女子2人乗り)に挑戦しました。

結果はナショナルチームに入ることができましたが、オリンピック選手として出場することはできませんでした。

スケルトンに転向した経緯は、ボブスレーのセレクションで外れたあと、スケルトン日本代表の方から「日本に帰国したら日本選手権大会にチャレンジしたら?」と声をかけていただいたことがキッカケです。ボブスレーを続けるとしてもテクニックを身に着けることができると考えてチャレンジしました。

雪, スキー, 人, 女性 が含まれている画像

自動的に生成された説明
画像:ご本人提供

-ソフトボールから、ボブスレー、そしてスケルトンと、全く別の競技へチャレンジすることへの抵抗はありませんでしたか?

抵抗はありませんでした。

色々な競技に取り組むことは楽しいですし、個人的に、一つのスポーツだけ取り組むよりも、たくさんのスポーツに触れることが良いことだと考えています。挑戦することの素晴らしさや、その競技に関わることで知識や視野も広がり、自分の新たな可能性に気付くことが出来るかもしれません。

-一つの種目をやり切ることが大切という声も耳にします。

一つの種目をやり切ることもすごく大切なことだと思います。しかし、たくさんのスポーツを経験することで、考え方、体の使い方などたくさん学べると思います。

私はソフトボールというチームスポーツからスケルトンという個人スポーツに携わり、たくさんの気付きを得ることができました。

チームスポーツでは、個人の努力を積み重ねることでチーム力が上がります。逆に、個人スポーツの世界では、選手みんなが助け合いながら競技力を上げていると感じました。

チームスポーツ、個人スポーツともに大切なのは、お互いを思いやり、個人の努力を重ねることです。

たくさんのスポーツに触れ、自分を成長させる機会を作ってほしいと思います。

-現在は、新しく車椅子ソフトボール協会会長(2020年から)として活動されております。

元ソフトボール選手として、何か力になれればと考えています。PR活動など、私にできることはあると思います。

車椅子ソフトボールの魅力は、バリアフリーなスポーツだというところです。

老若男女問わず誰もができる競技であり、障がいの壁も超えて楽しむことが出来ます。

屋外, 人, ポーズ, 子供 が含まれている画像

自動的に生成された説明
画像:ご本人提供

そして、怪我のため夢を絶たれた子どもたちに新しい目標を与えることができるスポーツだと思います。

車椅子ソフトボールを通じて、チャレンジする素晴らしさ、夢・目標に向かって努力を重ねることを社会に伝えていきたいと考えています。

スポーツへの想い

-最後に、様々なスポーツを経験された髙山さんのスポーツへの想いについて教えてください。

スポーツを通じて感じていることは、

最初はできないことばかりで辛く苦しいもあるが、最後まで諦めず頑張ることによって結果が出る。その結果が良くても悪くても頑張ったという過程がとても大事なことだと思います。

決して結果が全てではないと思います。

目標に向かって努力を積み重ねることはスポーツの大きな価値だと思います。

スポーツから人として大切なことを学ぶことができ、成長させてくれるものだと考えます。

また、色々なスポーツにチャレンジすることは、より多くの人や知識を得られ、自分自身の人生を豊かにしてくれると思います。


Popular Articles

人気の記事

スポーツフィールドは、
アスリートの皆さんの
就職・転職を
応援しています