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村田 和哉(むらた かずや)

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滋賀県守山市出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。

2021年2月22日、現役引退を発表。滋賀県初のJリーグチームを作るため、運営会社「人生最幸」を設立。


経歴

■2011-2012 セレッソ大阪

■2013-2018 清水エスパルス

■2019-2020 柏レイソル

■2019 アビスパ福岡 (期限付き移籍)

■2020 レノファ山口FC(期限付き移籍)


目次

■“人生最幸”を証明するフットボーラーを目指して

■滋賀県の子ども達のために

■滋賀県にシンボルを

■チャンスは自分で掴むもの


“人生最幸”を証明するフットボーラーを目指して

-村田さん、10年間の現役選手生活お疲れ様でした。もともとプロ選手の期間は10年間と決めていたとお聞きしました。

そうですね。22歳でスタートしたプロ生活は10年間と決めていました。

目標の10年は達成しましたし、「滋賀県にJリーグクラブを設立するという」次の夢にチャレンジしたいと考えていたので、今年(2021年2月)で現役を引退しました。

-現役期間を決めてプロ選手をスタートする方はなかなかいないと思います。現役選手として活動する中「プロサッカー選手」を活かせるセカンドキャリアを考えていたのでしょうか?

そうですね。

プロサッカー選手はスポンサー企業様に支えられており、企業訪問の機会もあります。

私自身は各地域で誰よりも積極的にスポンサー企業に訪問させていただき、経営者や社員の方々からたくさんの学びをいただきました。サッカーの世界観だけではなく、様々な角度から勉強させてもらったことが今の人生の財産になっています。

企業訪問に加えて、現役時代は積極的に地域との交流を図ってきました。

海外や日本全国でスクールを訪問したり、夢授業を行ったり、社会貢献活動を行ってきました。

自分のキャリアの中でも一番長く在籍した清水エスパルスは、セレッソ大阪を退団し、行く当てもなかった自分にもう一度輝く場所を与えてくれたチームであり、感謝の気持ちを込めて、6年間チームへ恩返しすることを常に考えていました。

-試合に出場し活躍することが「恩返し」と考えることが出来ますが、地域貢献を積極的に行おうと思った理由はあるのでしょうか?

以前参加させていただいた研修セミナーで「日本サッカー界の為にどのような貢献しているのか」と質問された時に、私自身答えることが出来ませんでした。

この質問を受けてから、「サッカーだけやっていてはいけない。日本の為に活動をしよう」という想いを抱き、地域・社会貢献に積極的に取り組むこと、人としての成功を強く考えるようになりました。

 そして「人生最幸を証明するフットボーラー」として生きていこうと想い『人生最幸』という自身のキャッチフレーズを作り、私に関わる全ての人の人生を最幸にできることは何か?を考えて、まずはサッカー選手という立場から取り組んでみようと思いました。

滋賀県の子ども達のために

 -こういった活動を行うことでスポーツに興味を持つ方や、アスリートの価値が高まると思います。この活動で得た気づきはありますか?

静岡県には4つのJリーグクラブがあり、身近にプロスポーツチームや選手と触れ合う環境が整っています。

サッカースクールでの指導を通してみても、子どもたちがとても恵まれた環境にいると感じました。

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私は子どもの教育には『本物』と触れ合う数が重要だと考えています。

 私自身も小学生の時に、滋賀県出身の井原正巳さん(元サッカー選手であり、現在はサッカー指導者)と出会い、衝撃を受けました。

現在滋賀県には、Jリーグクラブはなく、プロ野球チームもありません。

滋賀県の子どもたちは『本物』と触れ合う機会が少ない状況にあります。このことも滋賀県にJリーグクラブを創るべきだと思う一つの理由です。

地元滋賀県ではまだまだ私のことを知る人は多くありません。現役中から滋賀県でも活動し、実際にサッカー教室の開催や地元の企業、経営者の皆様と交流させていただく活動から始めました。こういった活動を通じて少しずつですが、私のことを認知していただけるようになりました。

現在は、滋賀県守山市のふるさと大使にも任命され、活動させていただいています。

そして活動をより大きくするため、滋賀県出身で活躍されているたくさんのアスリートのことを滋賀県民に知っていただきたいという想いから、滋賀県出身のスポーツ選手のコミュニティである滋賀県人会を作りました。

このコミュニティのおかげで、滋賀県内の企業と協力し、県内でサッカー教室や野球教室を中心にイベントを行うことが出来るようになりました。

 他にも、滋賀県内小・中学校へ訪問し、自分の経験や想いを直接子どもたちへ伝える夢授業を行ってきました。

滋賀県にシンボルを

 -村田さんの考えや想いを知ってもらうことが大切ですね。

そうですね。自身のこれまでの活動を通して全国にたくさんのご縁をいただき、皆さんにも私の考えや想いに共感いただけるようになりました。

現在は、滋賀県に何かシンボルを作らなければいけないという想いで活動をしております。

 子どもから高齢者まで県民の活力になりますし、滋賀県をもっとクローズアップさせることができると考えています。

そのシンボルの一つとして、Jリーグクラブの設立を考えており、10年後、20年後の滋賀県がさらに発展できればと思っています。

-シンボルという観点であれば、競技人口が多く、知名度の高いスポーツであるサッカーや野球が有効的かもしれませんね。

実は滋賀県はJリーガーの輩出率が高いんです。

過去、高校サッカーの全国大会でも優勝やベスト4へ進出しているチームがありますし、全国で活躍する選手もたくさん出ています。

しかし、下地が整っていますが、優秀な選手が県外へ出て行ってしまう傾向に危機感を持っています。

滋賀県内の皆さんや企業の方々にもっとスポーツへの関心を持っていただけるようにしたいと思っています。

 今後、村田和哉のサッカースクール「未来スタジアム」を開校します。目的として、将来あらゆる分野で活躍する人財を育てたいと考えています。

サッカースクールに加え、座学や企業訪問を行い、サッカー以外の勉強や仕事に対することも学べる機会も設けようと考えています。子どもたちの可能性を広げてたくさんの夢や希望を持てる環境を創ってあげたいと思います。

 無限の可能性を持つ子どもたちへ、人生の選択肢をできるだけ多く持たせてあげたいです。

 そして、滋賀県の皆さんと一緒に、優秀な人財を生み出していきたいと考えています。

-この構想はいつから考えていたのでしょうか?

5つのクラブを移籍させていただいた理由は、クラブ規模や地域性、価値観を吸収するためであり、自分が歩んできた経験は将来滋賀県に還元するための財産になりました。

引退する2月に自分自身の今後の人生について考えた時、やはり滋賀県のために人生を捧げたいと強く決意しました。

先日、たまたま入ったコンビニで中学3年の子に声を掛けられたんです。その子が唐突に「3年後、村田さんのサッカークラブに入りたいです」と言ってくれました。話を聞くと、過去に私が開催したサッカースクールに参加してくれていて、以前エスパルスの試合に守山市のサッカー少年を招待したことがあるのですが、その時の子どもでした。

 ものすごく嬉しかったです。私の活動が一つ形になったと感じました。

チャンスは自分で掴むもの

 -想いが形になった瞬間ですね。村田さんの活動や想いが今後の滋賀県をどのように変えていくのかが楽しみです。様々な経験や活動をされている村田さんだからこそ伝えられる、就活を頑張る学生やスポーツに取り組む方へのメッセージをお願いいたします。

チャンスは誰にでも平等にあると思います。

厳しいと思ったことも実はそれがチャンスかもしれません。それを掴むかは自分次第だと思います。

 そして、志を持ってほしいです。

自分のやりたいことが何かを見つけることができれば、どんな環境でも活躍できると思います。

大切なのは、自分の存在意義や人生の目的を持ち、自分にしかできないことを考えて欲しいです。

「人生は良い方向にしか進まない」と信じてお互い頑張りましょう!!


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