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菅原 彩花(すがわら あやか)

サーフィンボードを持っている女性

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写真:ご本人提供

カヌースプリント選手。様々な競技経験の後、『タレント発掘・育成プログラム』へ参加し、カヌースプリントで合格。現在は株式会社チョープロ(長崎県)で仕事とスポーツを両立しながらオリンピックを目指し活動している。

※記事内の写真は全てご本人提供

■競技歴

2002~2004:硬式野球(2年半)

2004~2014:バレーボール(10年)

2014~2015:ラグビー(1年半)

2016~ 現在:カヌースプリント(5年)

■菅原彩花ファンサイト↓

http://ayaka22canoe.spo-sta.com/

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https://modecon.jp/hokkaido/entrantssf/ayaka/


目次

・人生を変えたウエイトトレーニング

・遂に出会った「自分の競技」

・自分らしく生きること


人生を変えたウエイトトレーニング

-現在、カヌースプリント競技を取り組まれている菅原さんですが、過去を振り返れば、様々な競技に取り組まれたとお聞きしました。

私が最初に取り組んだスポーツは野球なんです。小学生の頃、弟が始めた野球チームに私も入りました。

中学に入学するタイミングで、母から勧められたバレーボールを始めました。身長が高く、パワーもあったので、高校ではエースとして活躍しました。

もちろん、大学も体育会バレーボール部に入部したのですが、中学・高校とは大きく違い、バレーボールを行う環境やレベルの高い選手たちに圧倒されました。1年生の時は毎日「辞めたい」「辛い」と考えていましたね。ただ、「意地でもやってやる」という気持ちだけで4年間を過ごしました(笑)

体育会バレーボール部へ入部したこと、4年間続けたことが人生のターニングポイントになったと思います。

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写真:ご本人提供

-人生のターニングポイントになった出来事はどのようなことでしょうか?

ウエイトトレーニングに出会ったことです。

バレーボール部では、ろくに仕事はできず、プレーも下手でしたが、ウエイトトレーニングだけは得意で部内でも強かったんです。自信を持った私は「(部内で)一番強くなってやる」と思って一生懸命トレーニングしていました。

そのトレーニング姿を見ていた当時のトレーナーが「菅原は違う競技ならもっと上を目指せる」と思ったみたいで、「ラグビーはどうだ?」と勧められたんです。

-なるほど。それがラグビーとの出会いなんですね。

そうですね。身体の強さに自信はあったのでチャレンジしました。競技としても面白かったですし、たくさんの仲間と出会うことが出来ました。

ただ、1年半でラグビーは引退しました。一点集中型な性格の私は周りを見ることが出来ませんでした。チームプレーのラグビーだからこそ、歯車が噛み合いませんでした。

また、ラグビーをプレーすればするほど「私にはできない」と感じてしまいました。『山口真理恵さん(女子ラグビー選手)』に憧れていたのですが、経験を積む度に「この人にはなれない」と大きな差を感じ、それを埋めることを心のどこかで諦めていたのかもしれません。

遂に出会った「自分の競技」

―ラグビー引退後、カヌースプリント選手になるきっかけは何でしょうか?

当時、日体大の大学院へ通っていたのですが、ラグビーを引退したタイミングで日本スポーツ振興センターが開催する『タレント発掘・育成プログラム』を知りました。「潜在能力(ポテンシャル)の高い選手を見出し、優れたコーチから質の高い育成プログラムを提供し、優秀なアスリートの輩出を目指す」プログラムで、最後のチャンスとして「自分に一番合っている競技を見つけてみよう」とチャレンジしました。

一次選考では、パワーマックスというエアロバイクで体力テストを行ったのですが、世界基準レベルの成果をたたき出し、ボート競技・カヌースプリント競技・自転車トラック競技・ラグビーから二次選考のオファーをいただきました。二次、三次と進み、最終的に合格をいただいたカヌースプリント競技へ進むことを決め、大学院卒業と同時にカヌースプリントのアスリートとして活動を始めました。

ただ、カヌーは初心者ですし、アスリート活動をサポートいただける企業はなく、カヌーを始めた3年間は親にお願いをして資金面のサポートをしてもらいました。

兵庫で2年間、東京で1年間修行した後に、3年目で挑戦した海外選考会で4位になり、現職の株式会社チョープロに声を掛けていただき就職が決まりました。現在は仕事と競技を両立しています。

ボートに乗る女性

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写真:ご本人提供

-挑戦し続けた結果、カヌーと出会うことができたのですね。話題が変わりますが、辛かったバレーボール部での活動を続けられた理由は何でしょうか?

2つあると思っています。

1つ目は、バレーボールが大好きだからです。スパイクを打つ快感、レシーブが上手くいった時の満足感など、様々な楽しい要素が詰まっているスポーツだと思っていて、今でもこんなに面白いスポーツは他に無いだろうと思っています。

2つ目は、高校でのバレーボール生活が不完全燃焼で終わったことです。

高校時代はエースとして活躍していたのですが、チーム自体は弱く試合に勝てませんでした。だからこそ「本気でバレーボールを取り組んで勝ちたい。本気で取り組む仲間が欲しい」、「もっとバレーボールが上手くなりたい」と思えたから、大学の4年間を続けられたと思っています。

振り返ると、大学の4年間で私がやりたかったことは叶っていたと思います。だから、新たに「試合に出て活躍したい」と思いましたし、ラグビーにチャレンジしようと思えたのかもしれません。

自分らしく生きること

‐オリンピックを目指して活動する菅原さんの原動力を教えてください。

私はオリンピックに出場して、「どんな人でも自分らしい生き方ができる」ということを証明したいと思っています。

私自身、いつも自信を持てずにいました。

「人と違うことをしてしまう」、「得意なことが分からず不安になる」「周りを気にしすぎて一歩踏み出せない」といつも悩んでいました。おそらく、同じように悩んでいる方がたくさんいると思います。

でも、私はバレーボールやラグビー、そしてカヌーという自分の特性を理解した上で競技を選ぶことができ、人生が変わったと思っています。

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写真:ご本人提供

だからこそ、私がオリンピックへ出場して、自分に自信が持てない人や得意なことが分からず悩んでいる人に「みんなと同じじゃなくても、自分らしくいる方法はあるんだよ」ということを伝えていきたいと思っています。

自分がロールモデルとして、一人ひとり違った生き方があることを伝えていけば、同じ悩みを持つ人が勇気を出して「最初の一歩」を踏み出せると思います。

私だからできることを、私の背中で伝えていきたいです。

‐たくさんの競技経験の中で自分を見つけられた菅原さんだからこその想いですね。最後に、スポーツを一生懸命取り組む学生へメッセージをお願いいたします。

学生時代に一緒にスポーツを取り組んだ仲間は、一生の宝物になると思います。本気で取り組み、良いことも嫌なことも共有できる仲間だからこそ、絆が生まれて一生の仲間と思い出になると思います。

そして、部活動で過ごした時間は社会人になっても必ず活きてきます。

部活動は『社会の縮図』と思っています。

礼儀や「報告・連絡・相談(ほう・れん・そう)」といった当たり前のことが自然とできると思いますし、私も26歳で初めて就職をしましたが、働く中で礼儀や上下関係など、改めて学生時代の部活動で学んだことが活きていると感じています。

嬉しいことも、苦しいこともあると思いますが、スポーツの経験がより豊で自分らしい人生を歩む糧になると信じて本気で取り組んで欲しいです。

私も、オリンピックに出場するという目標に向かって挑戦し続けます!

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