GUEST

小中村 政一(こなかむら まさかず)

フリーカメラマン。FIFAバロンドール(男子サッカーの世界年間最優秀選手賞)授与式の撮影やイチロー選手、ダルビッシュ選手など、世界で活躍するアスリートを撮影している。技術と感性で勝負する写真撮影のプロフェッショナル!

・FIFA公認カメラマン

・USGA公認カメラマン(全米オープンゴルフ)

・MLB公認カメラマン

・JGJA会員(日本ゴルフジャーナリスト協会)

・NPS会員(ニコンプロサービス)

※TOP画はバロンドール受賞者やレジェンド選手が集まった貴重な一枚 撮影・提供:小中村政一

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目次

・一枚の写真に込められた想い

・フリーカメラマンとして歩む道はいばらの道だった

・FIFA公認カメラマンとなったその先に思ったこと


一枚の写真に込められた想い

小中村さんが撮影する時に着ている服には日の丸が入っていますが、写真を撮影するときにはいつも日の丸が入っている服を着ているのでしょうか?

そうですね。海外で撮影する時はリオオリンピックの時からずっと日の丸を付けて撮影しています。

国際大会に出場するアスリートの方はもちろん、監督・トレーナー・審判員は、国の代表として覚悟を持って参加していると思っていて、関わる人たち全員が国を背負って参加するべきだと僕は思っています。

そして、日の丸を背負って頑張っている選手や関係者を撮影できるのは、日の丸を背負ったカメラマンだけだと僕は思うんです。

同じ意識で大会に挑まないと、そのスポーツや選手の本質を撮影することができないと考えているので、海外へ行くときは日の丸を背負って撮影しています。

小中村さんが考える「そのスポーツや選手の本質を撮影する」とは、どのようなことでしょうか?

動画は説明がなくても見ていたら内容を理解できると思いますが、写真は「その写真の前後をどう想像させるか」という一枚を撮らなければいけないと思っています。そして、撮影した一枚の写真で「この人はどんな想いでここにいるのだろう」とか「こういうことを考えているのだろうな」などと想像させたら勝ちですよね。

僕が撮影する写真は、試合中の迫力や選手の必死さを伝えるのではなく、試合前後にある物語を一枚の写真に収めたいと思っているんです。

イチローさんを例にすると、試合前のウォーミングアップで本人は「この試合で引退する」ことを当然わかっている訳じゃないですか。本人だけでなく、チームメイトも含めて。

ただ、メディアには報道されていなくて、引退を知らないメディアが撮影した動画はいつもと同じイチローさんですよね。

「この瞬間のイチローは何を考えているんだろう」などとは、映像では(流れてしまいがちで)伝わりにくい。印象に残りづらいと思います。

引退前のイチロー選手 撮影・提供:小中村政一

その点、写真は(その瞬間を切り取るため)一枚でもずっと脳裏に焼き付けることができる。僕はそういった写真を撮り続けたいなと思っています。

‐イチローさんの写真を撮影した時は、何かいつもと違う雰囲気を感じましたか?

あの引退試合の時、イチローさんに近づいて撮影できるのは日本人で僕だけが許可されていて、グラウンド内でご本人と1mくらいの距離で撮影できました。

僕自身、いつもイチローさんを撮っている訳ではないので普段との違いはわからなかったですし、言葉を交わすことはありませんでしたが、「何か決意をしてこの試合に挑んでいる」ということは撮影する中ですごく感じましたし、「現役として最後のプレーをする」ということは数人の関係者しか知らない事実だったと思いますが、僕は「引退するんだろうな」と感じました。

感性、感覚の世界です。

余談ですが、僕はスポーツカメラマンになった時に、3人のアスリートの最後を撮影したいと思っていたのですが、イチローさんはそのうちの1人でした。あとは、三浦知良(カズ)さんと武豊さん。この3人の最後の試合、レースは絶対に現場で写真に収めると思って活動しています。

阪神・淡路大震災20年 1.17チャリティーマッチ で活躍したカズ選手 撮影・提供:小中村政一

イチローさんの開幕戦、突如として引退試合になった訳ですが、僕だけにしか撮れない写真で何かを伝えられればと思いましたね。あの時間を一緒に共有できたことはスポーツフォトグラファーとしてすごく誇りに思います。

‐ 素晴らしいタイミングで撮影をすることができたんですね。

こういった有名アスリートやサッカーW杯などを、その現場で直接撮影できることは当たり前だとは思っていないですし、どこの媒体やメディアにも所属せず、自分一人で掴み取っている特別なことだと感じています。

FIFAバロンドールは、世界中のメディアが撮影することを望む場所ですが、カメラマンとしては限られた10名のみ撮影を許され、テレビ局もFIFATVのみ。パーティーの参加者もノミネートされているサッカー選手と、過去受賞したレジェンド選手、そしてその一親等しか入れない場所です。限られた人しか感じることができない空間を共有できることはすごく幸せです。

スーツを着た男性たち

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サッカーブラジル代表マルセロ選手 撮影・提供:小中村政一
ネクタイをしている男性たち

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バロンドールを受賞したモドリッチ選手(クロアチア代表)との2ショット 撮影・提供:小中村政一
ステージで演奏するバンドと観客

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バロンドール会場。サッカー界のレジェンドたちが集まる。 撮影・提供:小中村政一

先ほどの日の丸の話ではありませんが、こういった環境で撮影させて貰っているからこそ日本のスポーツに還元していきたいと思いますし、その空間のレポートをできるのは僕しかいないと思います。

フリーカメラマンとして歩む道はいばらの道だった

‐ カメラマンのプロとして活動しようと決意したきっかけは何があったのでしょうか?

僕は高校卒業後すぐにジョッキーになり、その後はIT、貿易会社を経て不動産企業で働いていましたが、29歳の時にリーマンショックの影響でリストラに遭いました。これまでの仕事や経験は一貫性がなくて、「自分は飽き性だな」とどこか感じていました。

自分が10年以上継続してやっていることは何なんだろうと考えた時に、ずっとカメラが好きで、写真は飽きずに撮影していると気づきました。電車の撮影から始まったカメラは、被写体が電車から馬に変わるなどの変化こそありましたが、10年どころか20年以上続いていることでした。

カメラの仕事に興味があるというよりも、20年以上飽きずに続けてきた自分に興味が湧いたのでカメラマンとしてチャレンジしてみようと考えたのがきっかけです。

カメラマンとして生活できるかなという不安や疑問は正直ありました。ただ、カメラマンとして挑戦するのであれば、世界一のカメラマンを目指してやっていくと決意してスタートしました。

駆け出しの約3年間はカメラの仕事だけでは生活が苦しくアルバイトも経験しました。ビラ配りやポスティングのバイトをやっていましたが、カメラとバイトの二重生活になんとなく慣れだしている自分がいました。それでは成長出来ないと感じ、給料が低くてもカメラに関わる仕事に絞り活動しようと決めました。

アルバイトを続けながら、オリックスや阪神の年間シートを買って撮影の練習を毎日していました。兵庫県はスポーツチームがたくさんある地域で、オリックス、阪神、ヴィッセル神戸、神戸製鋼ラグビー部、大阪ガス陸上部等と県内のどこかで必ず試合を行っていました。すごく自分にとって良い時間を過ごせたなと思いますね。

‐ その後、プロカメラマンとして活動を広げていますが、FIFA公認カメラマンになるまではどういった経緯があったのでしょうか?

まず、カメラマンのルール(暗黙の了解)をお伝えしておきますね。

プロ野球やサッカーの試合をフィールド/ピッチレベルで撮影する場合、協会やチームの許可が必要になります。そして、撮影許可を貰う場合、基本的に所属先が必要になります。

〇〇新聞や〇〇マガジンを作成している〇〇社といった企業の所属が必要なんですね。

僕の場合、フリーで活動をしているのでその許可を得るために5年くらいチケットを購入して撮影を続け、チームとの関係性を築いてきました。もちろん、アンオフィシャルな環境なので、この期間の写真は世にでることはありません。

関係性を築けた僕は、チームの選手やスタッフに相談をして撮影許可を頂ける様になっていきました。例えば、ヴィッセルの試合であれば広報担当へお話ししてクラブの判断で撮影許可が下ります。

今活動している多くのフリーカメラマンも、元々は「新聞社の写真部にいました」とか、「スポーツ雑誌の撮影をしていました」など、元々所属していた企業から仕事を貰って撮影をすることがほぼ100%なんですね。

フリーカメラマンとしてスポーツの現場へ向かっても、自分のネームタグには〇〇新聞というようにプレスの申請をした企業の名前が記載されます。

カレンダー が含まれている画像

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今まで参加した大会の撮影許可証(オリンピック、W杯など) ご本人提供

例えば、新聞社を通して申請をする場合、僕と新聞社で委託契約を交わして、フリーカメラマンではあるが新聞社の所属として現場に入ります。

特に日本は厳しく、どこかに所属しなければいけないという暗黙のルールがあるんです。

つまり、サッカー日本代表を撮影する場合、サッカー協会にお伺いを立てないと撮影できないんです。そして、どこかの企業へ所属が必要になります。

FIFA公認カメラマンとなったその先に思ったこと

僕は、サッカー日本代表の試合を撮影したかったので、JFA(日本サッカー協会)に電話したところ、案の定「所属先が無い場合、撮影許可は出せません」と伝えられました。

「では、フリーランスのカメラマンがサッカー日本代表の試合を撮影する場合はどうしたらいいですか」と質問すると「自分で考えてください」と返答が来ました。

現状、フリーランスのカメラマンはどこかに所属しない限り、撮影はできないということです。まぁ、仕方がない事です。

そこで、フリーランスの活動が盛んな海外であればチャンスがあると思った僕は、2018年のロシアW杯へ向かい、会場にいる観客やスタッフ1,800人へ声を掛け「FIFAに知り合いはいませんか」と尋ねました。すると、1人紹介してくる方と出会い、FIFAスタッフの方へ直接お話する機会をいただきました。

「僕は日本でフリーのスポーツカメラマンとして活動をしていて、どうしても日本代表の撮影をしたい。自分の国に還元したいんだ」と伝えました。返答は「今はW杯期間中で忙しいから時間が取れない。決勝が終わったら話を聞くから。それまでにこのW杯で写真3枚を撮影しておいてくれ」と言われました。

決勝終了後、そのFIFAスタッフのもとへ向かうと「この後の予定は?」と尋ねられました。電車と船だけで2,3週間をかけて日本に帰ろうと思っています」と伝えたら「面白い!その旅に僕も付き合うよ」と、10日間旅を共にしました。

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FIFAスタッフとの2ショット ご本人提供

旅の途中に写真を見せたり、コミュニケーションを交わすと「なかなか面白いな、君は。FIFAのカメラマンとして登録できるように動いてやる」と言われて、FIFA公認のカメラマンとして撮影許可をいただきました。

そして、FIFAでの最初の仕事がバロンドールです。

‐ 小中村さんの行動力が引き起こした、シンデレラストーリーですね。バロンドールの撮影なんて、誰もが羨むのではないでしょうか。一緒に旅をしたFIFAスタッフの方はどのような役職の方だったのでしょうか?

FIFAの役員でした。驚きです。あの時の1,800分の1の出会いに感謝です。

‐ それもすごい。たまたま出会った方がFIFAの役員だなんて。

でも、1,800人に声かけてFIFAのカメラマンになれると思ったら安いものですよ!

こうした活動もあり、今、就活生に向けて講演会や就職活動の相談を受けます。

その時に「本当にやりたいことがあれば、エントリーシートを持って直接社長のところに行って、自分をプレゼンしてみたらどうか。絶対に話を聞いてくれるし、そこまでの熱意を持っている人を採用しない企業なんてないと思う。百歩譲って入社できなくても、その社長は君のことを一生忘れないと思う。本当にやりたいことがあれば、そこまですべきじゃないかな。」と学生に向けて伝えています。

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講演会の様子 ご本人提供

今の環境を掴むのは自分の力。本気でやれば、考えれば夢や希望は掴むことができますから。


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