社員インタビュー:小樋山樹(こひやましげる)

2020年3月にプロラグビー選手を引退。2020年4月にスポーツフィールドに入社。入社後は、体育会出身者・スポーツ経験者の転職支援と企業の採用支援を行う。現在スポーツフィールドの社員として働く一方、関西学院大学ラグビー部の監督としても活動中。


‣スポーツ歴・キャリア

‣ 大学卒業後は一般企業に就職

‣夢だったプロの世界

‣スポーツフィールドとの出会い

‣関西学院大学ラグビー部の監督業について

‣会社員と監督の両立


‣スポーツ歴・キャリア

-これまでの競技歴やキャリアを教えてください。

4歳の時に大阪府で2番目に歴史のあるラグビースクール(1976年設立)、“茨木ラグビースクール”でラグビーを始めました。高校は関西学院高等部、大学は関西学院大学に進学。

大学卒業後は栗田工業に就職し、2年間仕事とラグビー(栗田工業ウォーターガッシュ)を両立しました。その後、トップリーグのNTTドコモレッドハリケーンズにプロのラグビー選手として入団し、6シーズン(6年間)プレーし、2020年3月に引退しました。

現在はスポーツフィールドのデュアルキャリア社員として働きながら、関西学院大学ラグビー部の監督を務めています。

-中学校、高校、大学での競技成績を教えてください。

中学校は大阪の大会で優勝し、近畿大会3位。高校は、チームとして兵庫県大会優勝、全国大会出場。そして個人としては高校生の日本代表に選出されました。大学は関西リーグを2連覇し、全国大会では全国ベスト8でしたね。

※写真提供:ご本人

-出身大学でもあり、現在監督を務める関西学院大学はどのようなチームですか?

関西学院大学のアイデンティティでもあるのですが、フルタイムの監督がいません。なので、選手が自分たちで練習メニューを考え、チームの運営を行います。

関西学院大学といえば、昔も今も変わらない“学生主体”がチームの方針です。自身の学生時代を振り返っても、“学生主体”だったことで主体性も育ち、社会人になった後も活きていますし、とても良い環境でラグビーが出来ていたと思います。

関西学生リーグのAリーグに所属しているチームで、フルタイムの監督やコーチがいないチームはとても珍しいです。そんな中で、TOPレベルで戦えていることは素晴らしいことだと思います。

‣大学卒業後は一般企業に就職

-大学卒業後、プロになる前に一度就職されているのですね。

本当は卒業後すぐにトップリーグに行きたかったのですが、声が掛かりませんでした。当時、声をかけてくれたのが栗田工業でした。はやく就活も終えて、学生最後のラグビーに集中したいというのもあり、入社もすぐに決断しました。

栗田工業で働きながら、栗田工業ウォーターガッシュでラグビーをしていました。サッカーのJリーグにはJ1、J2、J3と区分があると思うのですが、栗田工業はサッカーに置き換えるとJ2あたりのチームでした。

ラグビー界はサッカーのようにまだ発展していないので、J1(トップリーグ)とJ2(トップイーストリーグなど)の差がとても大きいです

J2クラスのチームになると、会社員として働きながらラグビーをする環境はもちろん、残業も普通にあります。会社員として、1日働いた後にグラウンドに行って練習して、次の日も朝から会社に出勤。という感じが一般的ですね。

私自身、家が遠かったこともあり、朝は5時に起きて、通勤に1時間半くらい掛けて出勤し、17時過ぎまで働いて、その後グラウンドにいって、練習。家に帰ってきたら夜中の24時前。という感じの生活を2年間送り、退職しました。

-トップリーグの入団がまだ決まっていない段階で“退職”という事でしょうか?

はい。トップリーグへの入団が決まっていない時に退職をしたので、しばらく無職の期間がありましたね。無職の期間に、自分でトレーニングを行ったり、大学の練習に混ぜてもらったりして準備しながら、トップリーグのトライアウトを受け、NTTドコモへの入団が決まりました。

年末などにプロ野球選手のトライアウトの特番がテレビでやっていると思うのですが、まさにあの状況でしたね…。

-退職してまで、 “トップリーグに挑戦しよう”と思ったきっかけは何だったのですか?

実は、栗田工業に入社してすぐの4月に母親を病気で亡くしました。当時、初めて身近な人の“死”を体験して、“本当に人間って死ぬんやな…”というのをすごく実感しました。

そこから自分の価値観も180度変わり、“後悔しないように生きたい”と心から強く思うようになりました。当時の自分にとって“後悔しないためには”と考えたときに、“プロのラグビー選手を目指す”ということでした。

なので、入社後すぐに、2年間栗田工業でトップリーグ昇格を目指してやってみて、結果が出なかったら退職して、“プロを目指そう”と決めました。

栗田工業を辞めてプロを目指すとなったときは、周囲からも“アホちゃう?”、“もったいな~”、“栗田辞めるなよ~”、“(トップリーグは)お前には無理やろ”と本当に色々言われたことはありましたね(笑)

結果的に当時後悔しないための選択をして、夢であったプロのラグビー選手になれたので良かったと思っています。

※写真提供:NTTドコモ レッドハリケーンズ

-ラグビーではトップリーグであっても入団の際に“社員契約”と“プロ契約”を選択できるチームがあるとお聞きしました。なぜプロ契約を選択されたのでしょうか?

 “社員契約”であれば社員として働きながらプレーをすることにはなるのですが、引退した後もそのままドコモの社員として働くことができます。

なので、ほとんどの選手が“社員契約”を選択します。“プロ契約”をするのは、基本的に外国人選手で、日本人選手でプロ契約をしている人はまだまだ少ないと思います。

チームによってプロ契約を出来るかどうかの基準が設けられていたりするので、なりたいからと言ってなれるものではありませんが、私の場合は特殊なルートだったので選択することが出来ました。

私が“プロ契約”を選んだ理由は、逃げ道を無くしたかったからです。退路を断った状況に身を置いた方が成長できると思っていましたし、逃げ道を無くすことで、自分の中での覚悟が持てると思って選びました。

ただ、“プロ契約”の方がすごい、というのは全くなく、選択肢が二つある中で私はプロを選んだということです。

‣夢だったプロの世界

-プロの世界に入り、当時の心境はいかがでしたか?

やっぱり幸せでしたね。自分の好きなことを仕事に出来る、こんな幸せなことないな…と。

前職でお世話になった方々や周りで応援してくれていた方々への感謝の気持ちもより一層強くなり、恩返ししたいなと思いました。あとトップリーグに移籍して、環境の違いに驚きましたね。

本当にありがたい環境でラグビーをさせてもらっていることを実感しました。ロッカールームがあって、ご飯も出て、他にも色々揃っていて、練習に100%集中できる環境がありました。

逆に栗田工業を経験していたからこそ、トップリーグの環境のありがたみを人より感じることができたのだと思います。

今思うと栗田工業もリーグの中では環境は整っている方なのですが、やはりトップリーグとの差は大きいですね。

※写真提供:NTTドコモ レッドハリケーンズ

-6シーズン(6年間)プロでプレーし、引退を考えたきっかけは何だったのでしょうか?

6年間大きな怪我もなく、身体的にはまだまだプレーできましたね。

しかし、2019年のラグビーワールドカップの日本代表を昔からひとつの目標としていたので、それが終わり、30歳になる年でもあったので、引退するにも区切りが良いかなと思いました。

後は、同時に関学ラグビー部のお話もプロ現役の頃からいただいていて、監督とプロの現役選手の両立は現実的ではありませんでした。その時(プロを続けることと、引退して監督をやることの)どっちの方がワクワクしたかと考えたときに監督の道だったので決断しました。昔から監督をしたいと思っていたこともありました。

-監督業をやりながらデュアルキャリア社員として働くことに対して当時どのように考えていましたか?

自分自身、昔から“文武両道”を親から言われていたこともあり、大切にしていました。

プロになったときも、プロだからといって練習以外の時間をだらだらしていたら、本当に終わりだと思っていたのでグロービス経営大学院に通って勉強したりして、今後ビジネスマンとしても成長していきたいという想いはずっと自分の中でありました。

なので、監督業をやりながらデュアルキャリア社員として働くことは“文武両道”のようで、自分にとっては理想の形でした。

‣スポーツフィールドとの出会い

-スポーツフィールドとの出会いを教えてください。

監督業と並行して、ビジネスマンとしてスキルや経験を積める会社を探していました。

その時に、スポーツフィールドが運営するスポナビキャリア(体育会出身者・スポーツ経験者の転職支援サイト)の広告を見つけて、スポナビキャリアの利用者としてスポーツフィールドに出会いました。

当時、監督業と両立する上での条件で融通を利かせてもらえそうな企業はなかなか無かったのですが、現在の上司でもある南さんに面談していただいた際に、「スポーツフィールドならその働き方が実現できる可能性がある」というお話をいただき、選考に進むことになり、無事内定をいただきました。

-現在の働き方や1週間のスケジュールを教えてください。

平日はスポーツフィールドで16時30分まで勤務し、その後に監督業として大学の練習に行ってます。土日も基本は大学の練習ですね。今1週間に休みが全くない状態なので、そこは今後、コントロールしないといけないと思っています(笑)

入社当初は、監督業の方が新型コロナウイルスの影響で練習が出来ない状態だったため、少し時間的にも余裕があったのですが、チームの活動が動き始めてからは日々様々な連絡が飛んでくる状態で、一時期は大変でしたね。

その後、会社やチームの皆さんにも気を遣っていただいたり、協力していただいたりで、最近ようやく落ち着いてきました。

‣関西学院大学ラグビー部の監督業について

-チームや大学ラグビー界への新型コロナウイルスの影響はいかがですか?

チームとしては、4月1日から練習を停止して、5月の中旬から自主練という形で少しずつ再開し、6月頃に大学側から正式に一部練習が認められ、チームとしての練習が再開しました。

再開はしたものの、しばらくは人数を少人数グループに分けたり、感染予防対策は大学やチームとしても徹底して行っている状態でした。

最近になって、ようやく活動人数を増やして練習できるようになり、先の見通しが立ってきました。大会は一応11月から関西リーグが開幕、そのあとトーナメント戦を開催する予定です。

-自粛期間が続く中での選手の変化は感じましたか?

選手たちも自粛期間中のモチベーション維持などは、とても難しかったと思います。ですが、グラウンドで久しぶりに会ったりすると、自粛期間にも個々で頑張ってきたんだな…と、感じられる選手が多くいました。

特に3年生や4年生など上級生がそれぞれでしっかり準備してきたというのが、練習再開後のグラウンド上でのパフォーマンスをみて感じ取れましたね。関学のずっと大切にしている“学生主体”の良い部分がこの期間でも大きく出たんじゃないかなと思います。

普段から自分たちで考え行動する習慣があるので、この期間でも“自分たちに今何が出来るのか”、“何をやるべきか”というのをこちら側が指示せずとも自分たちで考えて行動してくれていたのだと思います。

私が監督に就任したときのキックオフミーティングでも、“日本一の主体性”というのをテーマに掲げてやっていこう!という話になりましたが、早速選手たちの主体性が感じられ嬉しく思います。

-コーチングにおいて大切にされていることはありますか?

コーチングに関しては我慢が大切かなと思っています。気づいたことをその場で手当たり次第に全部言うことは一番簡単なのですが、結局選手の成長には繋がらないのではないかと考えます。

言いたいところもあえてグッと我慢して、選手たち自ら考えることをすごく大事にしていますね。

ただ、何も言わなければ、ほったらかし状態になるので、大枠は決めてあげて、その中で選手たちが、進むべき方向に進んでいけるように、アドバイスや指導をすることは意識しています。

その後の現場の細かい部分はコーチ陣であったり、4年生のリーダーに任せて、あまり私は口うるさく自分は言わないようにしています。自分から伝える時は、長期的な視点で選手の成長に繋がるような言葉を選ぶことを意識しています。

-今年のチームの目標を教えてください。

チームの目標は”日本一”です。

目標だけではなく、目的も4年生が掲げてくれていて、目的は“愛されるチーム”です。ただ、勝てば良いのではなく、皆から愛されるチームになる。そのための一つの目標が日本一という意味です。

なので、彼らは練習を頑張るだけでなく、日頃から挨拶やごみ拾い、困っている人がいたら助ける。などそういったところも大切にしていこう!というのを4年生が決めてくれました。大人ですよね。それを聞いて私はすごく嬉しかったです。

ただ、”愛されるチーム”を部員一人ひとりが意識できているのか、と聞かれるとまだまだ甘い部分がたくさんあります。この目的はすぐに達成できるようなものではなく、日々の積み重ねなので、4年生が本気で覚悟を持って取り組んでいってほしいなと思っています。

※写真提供:ご本人

伝統ある関学ラグビー部の監督としてプレッシャーを感じていないと言えば、嘘になりますが、それ以上にワクワクしている気持ちが大きいですね。

特に現場のコーチ陣やスタッフ、OBの人たちなど周囲に支えてくれる人がたくさんいるので、あまり気負わずに頑張っていきたいなと思っています。

-選手たちに大学スポーツを通して育んでほしいことはありますか?

一番は主体性を育んでほしいです。例えば、単位を取るためだけに楽な授業を取って、寝ている、出席しない。というのは、大学生であればよくある話だと思うのですが、そんな意味のないことは絶対しないでほしいと思っています。

なぜその授業を取るのか、将来にどう繋がるのかまでしっかり考えて授業を取得してほしい。ということを私から伝えていますし、単位が取れていなかったら試合にも出さないというルールも設定しています。

後は、“感謝”を忘れないでいてほしいと思います。選手は、4年間でしんどい、つらい時期が必ずくると思うのですが、それを乗り越えた先にはしんどい時を支えたくれた人のことを思い出し、“感謝”の気持ちが生まれると思います。

そうやって4年間色んなことを経験しながらみんな人間的に成長していってほしいなと思います。監督はコーチでもあり、教育者という面が強いと思います。

5年後も10年後も学生たちの心に少しでも残るような言葉を伝えられたらと思っています。

‣会社員と監督の両立

-仕事でもラグビーでも共通していると感じる点はありますか?

“主体的に考える”ということの大切さは、ラグビーでも仕事でも共通していると感じます。

ラグビーは特に試合中、監督の指示より自分たちの判断が優先されるので、主体的な行動をとても求められます。また、関学でも “主体性”の部分は育んできているので、ラグビーを通じて培った“主体性”は仕事にも活きています。

後はやっぱりラグビーも仕事も一人では何もできないですよね。仕事においても周囲の方に毎日助けていただいていますし、今の監督業においても、周囲のスタッフ・コーチやOBの方々のサポートが無ければ絶対成り立たないので、そういう意味でも何をするにしても自分一人でやれることってすごい限られてるんだなと感じます。

なので、感謝の気持ちを絶対忘れないでおこう。と私は毎日思っていますね。

※写真提供:NTTドコモ レッドハリケーンズ

-会社員と監督業を両立する道を選んで6ヵ月経ち、今の心境はいかがですか?

昔からコーチや監督は、いろいろと経験をしている人の方が、説得力があると自分の中で思っていました。なので、私自身ラグビーしか知らないのではなく、プロ時代からグロービスで勉強してきましたし、スポーツフィールドでデュアルキャリア社員として働いています。

今こうして時短勤務ですが、会社員として働くことで、知識を増やし、様々な経験を積むことで、学生に還元できることも増えると思います。また、チームの中でも私が一番ハードワークをすることが大事だと思っています。

そして、会社員として働きながらも監督の業務をしている姿を選手たちに見せることで、良い影響を選手たちに与えられたら良いなと思います。

-小樋山さんの今の目標を教えてください

一番は、関学ラグビー部が日本一になることです。それもただ単に日本一になるのではなく、学生たちが自分たちで掴み取ること。

トップダウンで色々教えるのではなく、学生たちが自分たちの力でつかみ取ってくれることが一番の理想ですね。言うほど簡単ではありませんし、やるべきことは山積みですが、私やコーチ陣がいなくても日本一をとってくれる。そんなチームを目指しています。

-最後!に好きな言葉は!

“万事塞翁が馬”です。

意味は、“幸・不幸は予期し得ない”という意味なのですが、自分の父親が好きな言葉で、自分自身、歳を重ね、様々なことを経験する中で本当にその言葉の通りだなと思うことが増えました。

その時は“すごく良い!”と思っていたことが後々悪いことになることもありますし、逆に、そのとき良くない出来事だと思っていたことが後々、“あのときの経験があったからこそ今の自分がある…”ということってありますよね。

そう考えると本当に一喜一憂せず、目の前のことに真摯に取り組んでいくことが大事だと思っているので、あまり一喜一憂しないで頑張っていこうと思います。

最後に、社員の皆さんにはインタビュー記事を通して、日頃の感謝の気持ちを伝えたいと思います。入社当初から時短勤務の中で、様々な場面でたくさんサポートいただいて、本当にありがとうございます。

まだ関西のメンバーしかお会い出来ていないのですが、スポーツフィールドは、皆前向きで、仲間想い、そしてチームワークの素晴らしい社員で溢れていると入社当初から感じています。

今の環境に感謝し、スポーツフィールドの社員としても、監督としても頑張っていきますので、どうぞよろしくお願い致します!


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