\スポーツフィールド役員インタビュー/


取締役CFO 永井 淳平

スポーツフィールドで働く社員のリクエストから生まれた役員インタビュー。役員陣のスポーツ歴やスポーツフィールドとの出会い、今後のスポーツフィールド、そして社員に伝えたいメッセージなど、役員の声をお届けします。


▪スポーツ歴

▪学生時代について

▪これまでのキャリア

▪スポーツフィールドとの出会い

▪スポーツフィールドの役員として

▪スポーツフィールドの現状と未来

▪実現したい夢/社員に伝えたいメッセージ


■スポーツ歴

-永井さんのスポーツ歴を教えてください。

3歳から小学校卒業までは、水泳・空手・テニス・サッカーと様々なスポーツをしてきました。スポーツ以外にもバイオリンや書道など、週6日は習い事でしたね。

やりたいといったことになんでも挑戦させてくれた親に感謝ですが、私の父が転勤族だったので、もしかしたら転校先でスムーズに溶け込めるように習い事を…という配慮だったのかもしれません。

中学校では、当時週刊少年ジャンプで始まったテニスの王子様や、今でいうインカレ選手だった祖父の影響でテニス部に入りました。

-社内で永井さんのInstagramの歌配信が話題になっていますね。音楽の活動について詳しく教えてください!

中学生時代は、全国に出ていくようなレベルの強豪合唱団に所属しながら、学校内外の先生に歌を教わったり、師事したりしました。学校が長期休みの間は、朝8時から夕方の17時頃まで毎日練習で、歌わせてもらえるのは一日の最後1時間程度のみ。

それ以外は筋トレと走り込みと柔軟、呼吸や発声の練習にアンサンブル(和音)の練習をやっていました。そのおかげでどんな曲でもその場でハモれます。

合唱の伝統校で、勉学と同等以上に全校を挙げて学校教育に取り組んでいる学校でしたが、学校を代表する合唱団に入るにはオーディションでの選抜がありました。

オーディション通過後も本番の舞台に立てる正メンバーになれるかどうか、さらにその中でもソロパートを担えるかどうかなど、競争環境は大変激しかったです。

私はソロを歌わせていただくことができ、全国大会では金賞でした。

今の時代には少しそぐわないかもしれませんが、鉄拳上等の厳しい環境でした(笑)なので、大学体育会の出身ではないものの、体育会系っぽいマインドはあります。

■学生時代について

-中学卒業後はどのように音楽に携わっていたのですか?

高校も、音楽をやっていたことが有利に働いて入学できました。音楽で将来食べていきたいと思っていたので、高校生・大学生の時はボーカルバトルイベントや、オーディションなどもたくさん受けていましたね。

主なものでいうと、大学1年生のときには全国歌うま選手権で決勝に残り、有明コロシアムで1万人の前で歌ったり、Zepp TOKYOで歌ったり、EXILEのTAKAHIROさんが入る時のオーディションに受けていたり…

(その他音楽活動についての詳細は永井まで♪笑)

2018年 全社員が集まる運動会で国歌斉唱を披露

-音楽活動以外ではどのような大学生活を送っていたのですか?

音楽活動以外だと、とにかくアルバイトをたくさんして、そのお金で世界中を周っていました。数か月アルバイトに集中したらまた海外へ旅行に行く、というのを繰り返していた4年間でした。

結婚式やジャズBarで歌を歌うバイト、カフェ、家庭教師、Bar、商業施設の清掃…など色んなバイトを兼務していましたね。

親の方針が、「大学生になったらもう大人。口を出さない代わりにお金も出さないから、自分のやりたいことや欲しいものがあれば、自分で好きに稼いでやりなさい」というものでした。

-これまで訪れた国の中で一番好きな国は?

これまでに行った外国は、都市数だと40~50都市くらいですね。一番好きな国はスペインです。気候は良い。食事も美味しい。陽気な人が多い。あとは、都市や州ごとによって文化や見どころがガラッと変わるのもスペインの魅力ですね。

-音楽で将来食べていきたい。という夢が変わったのはいつですか?

社会人になるタイミングで、音楽を仕事にするのではなく、趣味にすることにしました。

理由は二つありました。

1、練習や努力だけでは超えられない才能の壁を感じて、負けを受け入れている自分が許せなかった。一方でビジネスは自分の努力次第でどこまででも成長できる可能性があると思った。やるからには、勝ちたい。

2、音楽で食べていくには、自分が好きな曲を歌うだけではなく、オーディエンスが聴きたい曲を歌うべき。そうなると、自分の好きな曲を自由に歌えない。

という理由です。

■これまでのキャリア

-新卒はどのような会社に入社されたのですか?

1社目はSMBCに入社しました。当時1年目社員の配属先は全員営業でしたが、(中途半端に就活が上手くいってしまったがゆえに)根拠のない自信を携えて入社したものの、全然何もできなくて悔しくて、最初の3ヵ月は毎日辞めたいと悩んでました。後ろ向きでダメな1年生でした(笑)

1年目の後半くらいから自己研鑽として、休みの日に勉強をたくさんするようになりました。というか、給料が入ると最初1週間で遊び歩いて使ってしまったので、あとの3週間は暇をつぶす必要があったんです(笑)

営業を2年弱やったのち、社内公募で国際審査部(アジア)に異動しました。国際審査部(アジア)は外資系のお客さんや海外のプロジェクトを審査、分析するような部署でしたが、希望しただけあって業務は大変楽しく、そこで2年半働きました。

5年目の途中で転職をしました。

■スポーツフィールドとの出会い

-転職を考えたきっかけは何だったのでしょうか…

よくお話ししているエピソードですが、私の父親はJALが会社更生法の適用を受けた時に経営戦略部長をしていて、その後子会社の再建などを行っていました。

ビジネスパーソンとしても家庭人としても大変尊敬する父と話す中で、会社が潰れてしまわないように、経営を改善することが出来る仕事がしたいなと改めて思い、いわゆる外資系の戦略コンサル会社に転職しました。

コンサル会社では、顧客企業の戦略を立てて実行してもらえるように提案していく仕事をしていたのですが、知力・体力の限界まで試されているような実感があり、同僚も優秀でエキサイティングでした。

ただ、経営戦略に外から口を出すだけでなく、自分で実行していくところまでやってみたい。0から1を作ってみたい。と思うようになりました。

そして、銀行時代の同級生が起業をするタイミングで、自分も株主兼創業役員として参画しました。

起業した当初、お給料は新卒1年目くらいの水準に落として、がむしゃらにやっていたのですが、生活が苦しくなってきたので週に5日は自分の会社の仕事をし、残りの2日は、他の会社の手伝いをして、収入を得ることにしました。

他社は3社くらいお手伝いしていたのですが、そのうちの1社がスポーツフィールドでした。なので、私が当社に来るようになってから初めの1年半くらいは、業務委託ベースでお手伝いという形の関わり方でした。

-なぜスポーツフィールドの手伝いをすることになったのですか?

スポーツフィールドが財務や経営企画の機能を強化したいというタイミングで、共通の知人の紹介で篠﨑さんと出会いました。

私自身、スポーツがとても好きでしたし、日本のスポーツを活性化する良い事業だなと思い、社会的な意義も感じてお手伝いをすることになりました。

当時、社員では無かったので、Tシャツにデニムで、髭も生えていたし、髪の毛もパーマでした。周囲の社員は「誰この人?」という感じで見ていましたね(笑)専務取締役の加地さんと毎週ランチしながら会社の未来について語り合った思い出が深いです。

-そこからどのような経緯でスポーツフィールドのCFO (最高財務責任者) に?

お手伝いしはじめて、1年くらい経ったときに、篠﨑さんから上場したいという意向を聞いて、上場準備のチームを作ったり、監査法人や証券会社も決める必要がありました。

当時、上場準備のチームの1人目として採用したのが三崎さん、そして次に私の高校大学の友人だった麦さんをスカウト。

その後に、亀田さんと上場準備のチームメンバーが揃いました。準備を進める中で、高橋さん、上村さんと強力な方々にも参画いただいて今があります。

左から三崎さん・永井・亀田さん・上村さん

そして、上場の準備を進める中で会社としてCFO(最高財務責任者)を採用する必要が出てきました。

自分が採用してきたチームでしたし、監査法人や証券会社も篠﨑さんや加地さんと一緒にやってきたので、自分が責任を果たしたいという想いはありました。

一方で、自分たちの会社もハードシングスを一緒に乗り越えてきた仲間がいて、抜けることに対してすごく悩みました。

-最終的な決め手は何だったのでしょうか。

実は、スポーツフィールド側から、“うちに来てください!”というスカウトは一度も受けたことはないのです。

それは私が思うに、スポーツフィールドも創業当時、時には困難なこともあり、一緒に創業したメンバーが抜けていくことへのつらさは分かっていたはずなので、引き抜きということはしたくなかったのかなと思っています。

そこにとても意気を感じて、そういう篠﨑さんのもとで働いて、経営者としてもっと自分を鍛えたいと思ったのがスポーツフィールドの役員になると決心した最終的な決め手です。

■スポーツフィールドの役員として

-スポーツフィールドの好きなところは?

理念にとても共感していますし、事業も社会的意義があるのでもっと成長させたいという想いもありますが、やっぱり社員が好きですね。そこが一番大きいです。

社員一人ひとり、スポーツの経験が豊かで、自分が逆立ちしてでも出来ないプレーを皆は易々と出来ることを本当に尊敬します。特に、社員運動会をみていると“みんな、かっこいいな~”と心から思います。

経営者仲間と社員を自慢し合っていても、私が一番楽しそうに話している自信があります!(笑)

又、みんなマインドセットが前向きで、負けず嫌いな人が多いところも好きです。

負けん気が強くて、そのために努力する姿勢も尊敬できます。

-永井さんは全国の社員から“話しやすい雰囲気”と言われていますが、社員と関わる上で何か心がけていることはありますか?

仕事柄、どうしても社員からは固くて難しい仕事をしているとイメージを持たれがちで、他の事業部との距離があると思われやすいと思っています。

ただ自分のパーソナリティとして全然そういう人間ではなくて、会社の外に一歩出たら、生きたいように生きている自由人で、“人間臭い”人だというのを知ってもらえたら身近に感じてもらえると思うので、積極的に自己開示しようとしていますね。

もうひとつは、役員と社員という立場で会話はしたくないと思っています。もちろん役員として振る舞う必要がある場面もあるのですが、

“一人の友人として伝えるとしたらどういう風に伝えるか”

“一人の友人としてあなたのことをどう思うか”

というスタンスでなるべく話をするようにしています。

役員かどうかなんて、結論どっちかが会社を辞めてしまえばその関係は成立しない訳ですが、友人同士だったら一生付き合える。そういう関係性の方が私は好きですね。

-実際に社員とどのような話をされているのですか?

仕事の話だと、

「辞めたい」「上手く仕事がいかない」

こういう相談も実際あります。そういった相談が無いに越したことはないのですが、抱えている悩みを相談してもらえたことはありがたいですね。

後は、

「社会人若手の時にどういう勉強をしていましたか?」

「おすすめの本や映画はありますか?」

「どういう自己研鑽をしていましたか?」

「今後、ステップアップをしていくために何を改善した方が良いですか?」

と、全体会議の役員講話の後や、週報や月報記載した内容について質問や相談をいただくことも増えてきましたね。

「デートに行きたいので、良いお店教えてください」

なんてのもありました(笑)

■スポーツフィールドの現状と未来

-上場後、会社としてどのような場面で変化を感じますか?

実感しているのは社会的な信用ですね。

M&Aや業務提携など、HPへの問い合わせが明らかに増えていますし、自社の新卒採用の会社説明会の参加人数は昨年から75%も増えました。

又、資金調達のし易さが大きく変わりましたね。会社は結局キャッシュがないと潰れます。逆に言えば新型コロナウイルスなど、どんな状況であってもお金さえあれば潰れません。

新型コロナによる打撃も、上場前に受けているのと上場後に受けているのでは、会社の存続に対する安心感は異なっていると思います。

実際、今はお金を必要な分調達できているので、会社としては潰れる心配は短期的には全くありません。

-スポーツフィールドは今後どのような会社になっていくのでしょうか?

間違いなく会社として、もっともっと成長していきます。より社会に必要とされる会社になっていくことを確信しています。

ただそのためには、既存事業と新規事業どちらもやっていく必要があり、スポーツの価値・可能性を様々な場所で発揮している状態をもっと作らないといけません。

世の中の体育会と呼ばれている大学生は、各学年に6,7万人ほどで、現在その内の2万人に登録いただいています。ということは登録数が3倍に出来た時は、体育会学生に対する既存サービスは理論上やりきっていることになります。

次に社会人の転職支援やデュアルキャリアの支援に目を向ければ当然市場はもっと大きいですが、高い成長を10年続ければ取りきってしまうかもしれません。

しかし、スポーツフィールドは人財ビジネスだけでスポーツの価値を発揮していきたい訳ではないので、もっと日本中の様々な場所でスポーツの価値を発揮し、“スポーツって良いよね”、“子供にやらせたいよね”、“歳とってもスポーツやりたいよね”、とみんなが思うような世界観を作っていこうとしています。

そのためにも、既存事業だけではない取り組みや事業を加速させる必要があるのです。

-スポーツフィールドが今後も成長していく上で、大切なことは?

社員は今後も増えていきますが、社員一人ひとりが夢や志を持つことです。

そして、一人ひとりの夢を実現するための道筋の上にスポーツフィールドがある状態を作りたいですね。

また、スポーツフィールドでしか活躍できない人になってほしいのではなく、どこにいっても活躍できるけど、あえてスポーツフィールドを選んでくれている状態って素敵ですよね。

そのためには、社員が外に出ても活躍するレベルに鍛えあげることと、鍛えた社員がそれでもスポーツフィールドから離れないように、スポーツフィールド自体もどんどん良い会社になっていく必要がありますね。そういう会社にしたいですね。

■実現したい夢。社員に伝たいメッセージ。

-永井さんがスポーツフィールドで実現したい夢は何ですか?

スポーツフィールドで実現したいことは、シンプルに言えば理念の実現です。

スポーツは観るのもするのもとても好きです。

自分のこれまでの人生の苦しかった時や節目を振り返ると、

・イチロー選手がメジャーに挑戦して新人王とMVPをダブル受賞

・2004年のアテネ五輪の体操ニッポン

・2009年のワールドシリーズで松井選手がヤンキースでMVP

・2014年の全米オープンで錦織選手が準優勝

など、様々な場面でスポーツに支えられてきた経験があります。記憶に新しいところでは、昨年の上場準備中はバスケットのW杯、ラグビーのW杯を見て、チームで話題にし合って元気とやる気をもらいました。

苦しかった時にスポーツの試合やニュースを見て、明日も又頑張ろうと思えていました。

明確に何年のどの試合でどんな内容だったのか、今でも全部鮮明に覚えています。

もっと皆が自分の子供にスポーツをやらせたいと思えるような社会。

日本のスポーツがもっと強くなって、オリンピックでメダルの数が増えているような未来になってほしいと思っています。

日本人がメダルを取るとやっぱり嬉しいですし、日本人で良かった、明日も頑張ろうと思えます。そんな「明日も頑張ろう!」と思える世界観をスポーツフィールドの事業や取り組みを通じて作っていきたいですね。

-社員に伝えたいメッセージ

夢や志を持ってほしい。そして明日の自分にワクワクしてほしい。

昨日の自分や今日の自分より、明日はもっと活躍して、もっと最高な自分になっている。

と思えるような毎日を過ごしてほしいですね。

今、思えていないとしたら、何に諦めてしまってそう思えていないのか深堀してほしいし、相談して欲しい。例えば、頑張ったとしても報われない環境だと感じているとか、自分が成長できている実感が持てていないとか。

そういう悩みがあったり、閉塞感を感じると明日の自分にワクワク出来ないですし、毎週月曜日を迎えるのが嫌になってしまうと思うんですよね。

なので、そう思っている人がいるなら気軽に相談してほしいし、どうすれば一緒に明日をワクワクして迎えられるか考えましょう。365日いつでも相談を受け付けております。

一緒にワクワクして、一緒に同じ方向を向いて進んでいきましょう!!!


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