プロバスケットボール選手を引退後、“会社員×NPO法人理事×現役アスリート”3つの分野で活躍中の有明葵衣さんにインタビュー!

ご自身のバスケットボール人生を振り返りながら、学生アスリートに伝えたいメッセージをお話しいただきました。


有明 葵衣(ありあけ あおい

秋田県出身。兄の影響で小学生の時にバスケットボールをはじめる。

【中学】全国中学校バスケットボール大会 出場

【高校】秋田経済法科大学附属(現・明桜)高校 /全国高等学校バスケットボール選手権大会 ベスト4(通称:ウインターカップ)/U18(18歳以下)日本代表

【大学時代】筑波大学/国民体育大会 優勝/関東リーグ 5連覇達成/ユニバーシアード日本代表/スポーツマンシップ賞受賞

【大学卒業後】富士通レッドウェーブ入団/6年間プロバスケットボール選手としてプレー

すべてのカテゴリーで主将を経験。

現在は、”会社員×NPO法人理事×現役アスリート”として活動中。

※写真はご本人からの提供


■“部則ノート”不要なルールは自分たちの代で削除

中学校卒業後、当時秋田県で一番強かった高校に進学しました。

2年生の時に主将を務め、全国ベスト4になったことがきっかけで、U18日本代表に呼んでいただきました。

レベルの高さに圧倒されながらもワクワクしていました。

高校時代、とても部則が厳しかったです(笑)

“部則ノート”という分厚いノートに1冊みっちり部活動内のルールが書かれているものがあり…

・練習道具の準備する順番、場所

・モップの持ち方、掛け方

・スカートの長さ

・ローファーの高さ

・髪の毛の長さ(学年毎に髪の長さも違うが、今思うと誤差)

・男性と目を合わせてはいけない

・“ありがとうございます”と言ってはいけない (基本は”すみません”)

・先輩の前で話をしてはいけない

などのルールが分厚いノート1冊分ありました(笑)

1年生の髪形は刈上げだったので、1ヵ月に4回は床屋に行っていました(笑)

挨拶や規律という部分ではとてもためになったのですが、“感謝の言葉がないのはおかしい…”“バスケはコミュニケーションありきのスポーツで、先輩の前で話をしてはいけない習慣だと、試合中も後輩が気を遣ってしまう…”など、不要だと思うルールは自分たちの代で無くしました。

ルールを変えて、チーム内のコミュニケーションが活発になり、雰囲気も変わりましたね!

■大学卒業後、WJBL(女子のTOPリーグ)に行っても活躍できることを証明したかった

筑波大学を選んだ理由は二つあります。

ひとつは、私が入学する前のインカレで優勝していて、全国TOPレベルの環境でやってみたいと思いました。

例え、自分がそのレベルに至らないとしても、高いレベルに身を置くことで学びがあると考えていました。

もうひとつは、大学卒業後プロになった後のセカンドキャリアとして教員を志望していたことです。

また、当時女子バスケ界では、高校卒業後にWJBLに進む選手が多く、”大学に行くと変な癖がつく”などと大学に進学することへのネガティブな印象がありました。

それを覆したいという思いもあり、高校卒業後にすぐにWJBLの道ではなく、大学進学を選択しました。

■基本は学生。競技以前にまず学生として。

私は、体育専門学群という学部だったので、ジャージで授業を受ける生徒も多かったです。

ですが、バスケ部は講義の授業は絶対私服、そして授業は必ず1番前で出席でしたね。

学生が本分、しっかり切り替えをしなさい。という方針で、競技以前に学生としてしっかりと勉強するというのが浸透されていましたし、そこにはすごく共感できました。

■他の部活も全国TOPレベル。他競技の友人のおかげで競技力向上

筑波大学のバスケ部は、細かな戦術や分析はもちろん、最先端の科学や学術を取り入れながら戦っていました。

高校まで根性論がメインでプレーをしていましたが、大学では戦術や確率などを踏まえ論理的に考え、頭を使いながらプレーすることで、バスケを知識的に学ぶことが出来ました。

筑波大学は、他の部活のレベルも高く、その環境のおかげで、私の競技レベルも上がったと思っています。

当時私は足がとても遅くて、スピードが課題でした。

陸上競技部の子と仲良くなったことで、“どうしたら足が速くなるかな~”と相談したときに“一緒に練習する?”と言ってくれて、他の競技の子と練習するようになりました。

ダンス部の子からは、緩急のつけ方で速く見せる方法を学びました。結果的に、周囲からも変わったね!と言われ、パフォーマンスも上がった経験があります。

あとは、自分がこれまで“正しい!これをやれば勝てるんだ!”と思ってやってきたことを、初めて否定されたのも大学でした(笑)

他の競技の子たちと関わった時に、自分にとって当たり前だったことが当たり前じゃないことに気づけましたし、大学4年間で考え方が大きく変わりましたね。

■得意としているものが何も通用しなかったプロ1年目

大学卒業後、富士通レッドウェーブに入団しました。

当時、自分が得意としているものが何も通用せず、プロの世界で打ちのめされました(笑)そのときの感情は今でも忘れないです。

また、入団してすぐの合宿で怪我をしてしまい、何もアピールできず1年目は終了しました。

ただそこで、一生懸命努力していれば見てくれている人はいるという出来事もありました。

“もう得意なものを作るしかない”と自分で考えて、武器をコツコツ磨くということをしていたらアシスタントコーチの方が頻繁にアドバイスをくれるようになり、少しずつチームの雰囲気を掴めるようになりました。

2年目の時に株式会社サンリの臼井さんのブレイントレーニングで、“ゴールイメージを持つこと”の重要性を学びました。

“ゴールイメージを持つこと”は具体的に、一番達成したい目標を達成した時のイメージや感情を細かく絵に書いて、文章にもしました。

その時の私の達成イメージは、

”バスケの聖地でもある代々木第二体育館で富士通レッドウェーブのファンの方々が赤い波となり、とても盛り上がっていて、コートに立っている自分を注目している”

という様子を書きました。

様々なブレイントレーニングを通じて、感情が動いたことが私にとっては大きかったです。

リーグ戦の開幕時は、試合の勝敗が決まってからようやく試合に出られるような立場だったのですが、シーズンの最後は代々木第二体育館でスターティングメンバーとしてコートに立っていました。

イメージしていたことが実現できたのです。自分でも驚きました。

■26歳で主将。メンバー全員のパーソナルノートを作成。

実業団で2年間主将を務めました。

学生の時と違って、年齢の幅がとにかく広く、一番上は36歳、下は高卒なので18歳でした。

同じことを伝えても響き方が全く異なりましたね。

主将になる前から、周りを活かすガードとして、プロの世界で生きていくために、“パーソナルノート”というのを作成していたり、ONでもOFFでも常にチームメイトとコミュニケーションを欠かさず取るようにしていました。

結果的にはそれが主将になってからも活きていました。

パーソナルノートは、チームメイト一人ひとりのページを作成し、コートの中と外の両面でどんな時に、何をしたら喜んだか、調子が上がったか…など、些細なことまでノートに記載するようにし、一人ひとりを分析していました。

自分自身、もともとは得点をどんどん取りに行く選手だったのですが、自分の武器が通用しないとなったときに、チームメイトを活かすタイプのガードにシフトチェンジしたことで、生きる道を見出すことができました。

苦労はありましたが、変化を受け入れて柔軟に行動できたおかげで、6年間実業団でプレーすることができました。

■セカンドキャリアは夢であった教員ではなく、会社員の道へ。

もともとは教員を志していたのですが、教員という仕事はスポーツをしている生徒だけでなく、スポーツをしていない生徒も教える職業だと考えたときに、私はバスケの限定的な世界しか知らないので、もっと広い世界を知る必要があると感じました。

会社員になって、もっと社会人経験を積もうと思いました。

なので、富士通の人事担当として会社に残ることを選択しました。

私自身、“アスリートとして活躍してきた人たちが社会に出ても活躍できることを証明したい”という想いは常にあります。

実際、プロの世界で経験してきたことがセカンドキャリアで活きていることを日々実感しています。

例えば、仕事の組み立て方。

まず、ゴールを設定して、そのためにプロセスを組み立て、実践していく中で、目的意識を持つことは、スポーツと同じだと思います。

何より、達成するまで粘り強くやりきること、チームワークの意識や周囲の人を観察すること等、アスリートとして習慣づいていることはとても役立っていますね。

■2017年元アメフト選手と共にNPO法人を設立

競技引退後に社会に出て活躍するためには、現役中に一生懸命やっているのは大前提で、早い段階から他の世界を知ることがとても大事だと思っています。

それを伝えるためにも、2017年に富士通の元アメフト選手の白木さんと一緒にNPO法人を設立しました。

NPO法人Shape the Dream

~学生アスリートの未来をShapeする~

https://shapethedream.jp/

競技や部活という限定的な世界だけでなく、他の世界を見ることで、視野が広がったり、新たな引出しを得ることができます。

それは、社会を考えられる良いきっかけになりますし、現役選手としてもプラスになると思っています。

誤解を恐れずに言えば、日本の学生スポーツは特に勝利至上主義の傾向があります。

“目指せ甲子園”、“目指せインターハイ”、“インカレ優勝”と目の前の目標に向かって今を一生懸命頑張ることはもちろん大切ですが、その先に人間形成につながることが重要だと感じます。

“レギュラーになれる人は何人”、その先、“プロになれる人は何人”と考えたときに、スポーツのピラミッドの中でプロになれる人はほんの一握りです。

ただ、競技レベルや試合に出ている/出ていないに関わらず、スポーツに精一杯関わってきた人財、皆が社会で活躍できる可能性を持ってると信じています。

そこの重要性を早い段階からインプットさせることで、自分にとってスポーツをやっている意味を感じられますし、将来自分が“こういう風に生きていこう”というビジョンを現役のときから持てると同時に、選手としてのプレーの幅も広がる考えています。

■オリンピック種目3×3で現役復帰

先輩に声をかけてもらったのがきっかけで3×3(3人制バスケットボール)を始めました。

3人制は5人制に比べてすごくオフェンシブな競技特性で、10分×1本という短い試合時間の中で得点の多い方が勝ちなので、どんどん攻めるし、どんどんシュート打ちます。

そのプレースタイルがとてもマッチしていました。

富士通時代は、チームの方針に従って、自分の生きる道を作ってやっていたのですが、自分の生きる道を作ってやっていましたが、元々の得点を取るスタイルが蘇り、本来の楽しさを3×3で感じることができました。

現在はTOKYO DIME(東京ダイム)という渋谷本拠地のプロチームに所属しています。

TOKYO DIME

渋谷から世界へ!3人制プロバスケで、渋谷の街を盛り上げる!!

https://dime-3×3.com/

私が“会社員×NPO法人×現役アスリート”3つやっているのは、すべて相乗効果があると思っているからです。

3つを掛け持ちすることで時間のマネジメントが必要になってきますし、メリハリをつけることもできます。

すべての立場において、より幅広い視野を持つことができ、自分にしかできない付加価値を提供できると感じます。

■今、学生アスリートに伝えたいこと

新型コロナウイルスの影響で目標としていた大きな大会は無くなってしまったことについては、本当に心が痛いです。

ただ、部活やチームで一生懸命積み重ねた時間や、スポーツを通じて得たものは一生の財産ですし、今後社会に出てからも通用するものであるとお伝えしたいです。

今回のことをきっかけにこれまで一生懸命やってきたこと、得たものを振り返る時間を作ってください。そして、自分はこれだけやってきた、ということを誇りに思ってほしいですね。

あと、この状況だからこそ、今まで自分がやってきていない所に目を向けてみてください。

例えば、読書したことが無かったら読書してみたり、他の競技の人の話を聞いてみるとか、今まで自分が属していたコミュニティを広げることで見えてくるものがあると思うので、新たな世界に一歩踏み出してみて、自分の成長に繋げて欲しいです。

それが必ず将来にも繋がると思います! 


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