鈴木 穂波(すずき ほなみ)選手

中学生からフェンシングを始め、強豪である日本大学へ進学。全国3位、団体優勝という輝かしい成績を納めた。株式会社エスクリに所属し、オリンピックでのメダル獲得に向けて活動している。世界選手権 日本代表、ユニバーシアード 日本代表。

今回はオリンピックでのメダル獲得を目標に活躍している鈴木穂波さんにインタビューを行いました。

中学生から始めたフェンシング。大学時代は大きな挫折を経験しましたが、最後の大会で個人3位、団体優勝という成績を納めた鈴木さん。挫折から得たもの、立ち直るキッカケなどお話いただきました。また、後半はフェンシングの楽しみ方をお聞きしております。

エト・ヴ・プレ(準備はいいですか)?

インタビューの前に、フェンシングについて少しだけ!

鈴木さんは『エペ』という種目を行っています。

フェンシングとは「ピスト」と呼ばれる試合コートに立ち、1対1で戦うスポーツで、『エペ』『フルーレ』『サーブル』の3種目に分かれています。

エペ』:鈴木さんが行っている種目。世界的にもっとも競技人口が多い種目であり、”先に突いた方が勝ち”という極めてシンプル。

フルーレ』:あの太田雄貴氏が北京、ロンドンオリンピックで銀メダルを獲得した種目。特徴は、『攻撃の優先権の尊重』にあり、攻撃-防御-反撃-再反撃といった瞬時の技の動作の応酬がフルーレの面白み。

サーブル』:最速の競技でフルーレ同様攻撃権があり、フルーレ、エペとの違いは、突く以外に”斬る”という攻撃手段があり、ダイナミックなところが魅力。

~オリンピックに向けて~

―鈴木さん本日はよろしくお願いします。フェンシングは東京2020の競技としてメダルが期待されていますよね。鈴木さんがフェンシングを始めたきっかけを教えていただけますか?

私、少し変わっていると思います(笑)。小さい頃から目立ちたがり屋でした。小学校4年生くらいだと思いますが、母にマッスルミュージカルという舞台に連れて行ってもらいました。マッスルミュージカルは『SASUKE』や『KUNOICHI』、『スポーツ№1決定戦』などに出場していたアスリートや芸能人の方が行っている迫力のあるミュージカルです。そこに出場していたダンサーの方がスポットライトを浴びてダンス踊っていた姿がすごくかっこよく見えて「私もこんな風になりたい」と思って近所のダンスクラブへ通い始めます。

今思うとお遊戯会のようなダンスでしたが、ステージで踊ったりしているうちに本格的にダンサーになりたいと思って、当時新体操にも通っていましたが、新体操教室からダンスクラブを紹介してもらい、三島のダンスクラブへ通いはじめました。

―ダンスと新体操を習っていたんですか!ハードな小学生ライフですね。

そうですね。中学校進学の際もダンスの為に学校を選びました。当初進学予定だった最寄りの中学校には、バレーボールとバスケットとソフトテニスの3つしか部活動がなくて、「私の好きな部活動ができなければ行く意味がない」と考えていたところ、ちょうど私の1学年上から申請さえすれば、隣接する校区の中学校にも通うことができるようになりました。

進学可能となった中学校には新体操部があったので「ダンスをうまくなるためにはここだ!」と思って家族と学校と相談してそちらへ進学しました。ただ、当時の中学校は少し治安が悪かったですね・・・(笑)

―〇〇が出来なければ行く意味がない…。義務教育であることを忘れてしまいそうですが、志が素晴らしいです(笑)また、治安の悪さが気になります。

少し田舎だったので(笑)

ダンスを続けていましたが、中学校2年生くらいからなかなか上手くいかないことが増えてきました。

そんな中、北京オリンピックの女子ソフトボールをテレビで見たときに、マッスルミュージカルを初めて見た時以上の衝撃を受けたんです。

それまでスポーツ観戦をすることがなかったですが、ソフトボールの決勝だけはなぜか見ていたんです。当時、上野由紀子さんが手のマメがつぶれながらも412球を投げ切って勝利する映像をみていると自然と涙が溢れました。

―有名な、上野さんの412球ですね。

日本のチームだからとか、ソフトボールが特別好きだったということではなくて、スポーツを見て初めて衝撃を受けたのと、ひたむきな姿にすごく感動をしたんです。「私もオリンピックの舞台に立って感動を与えることができる人になりたい」と思いオリンピックを目指すようになりました。

ただ、女子ソフトボールの選手になるという選択肢はあまりなくて、どうしたらオリンピックへ行けるかを調べ始めたところ、フェンシングはオリンピック種目であり沼津にフェンシング教室があること知りました。

実は私がフェンシングを始めたきっかけの北京オリンピックの時も、太田雄貴さんが銀メダルを取っているんです。

―オリンピックに出るという目的から逆算して、競技を選ぶなんて、しかも中学生で。太田選手の銀メダルも、当時、日本中で話題になりましたね。

ただ、当時、私は見ていないですけどね。

それまでフェンシングのことを全く知らなくて、母からは「チャンバラみたいな競技だよ」と言われて、よくわからないまま、とりあえず教室へ行ってみようと思いました。

行った先の教室にたまたま日本代表のコーチ経験がある方がいて、「君は身長が伸びると思うから『エペ』からやってみたら?」と薦められてエペをはじめたんです。私の母の身長が172cmあるので身長が伸びると思われたんでしょうね。実際、私は低いですが。

―たまたまで日本代表のコーチに会うことはないですよ!これも縁ですね。

私の場合、フェンシングが好きで魅力に惹かれて始めた訳ではなくて、「オリンピック出場」のために始めたので、当初はやればやるほど強くなって楽しかったですが、競技を続けていく中で『勝利』が私の中での全てになっていきました。

―進学した日本大学は厳しいとよくお聞きします。日本大学を選んだ理由は?

当時、全国で一番練習が厳しい大学と言われていました。私は高校の時から日大に練習に行かせてもらってコーチと一緒に日本一の環境で練習を行ったり、先輩の姿を見て、「私もここでやるんだろうな」みたいに感じていました。

早稲田大学などの大学にも行きたいなと思っていましたが、そういう大学は元々強い子が入って来て強さを維持してくみたいなイメージを持っていたので。

逆に、日大は自分達で努力をして泥臭く戦って勝利する大学だったので、私も刺激を受けながら日大でやりたいなと思って進学を決めました。

日大は練習量が多かったですし、生活態度などに対しても厳しいルールがたくさんありました。でも、絶対に負けないという自信はありました。監督も「1番」にこだわりを持つ人でしたので。

―日大は強豪ですからね。長い歴史の中で多くの成績を残していますよね。一つ質問いいですか?

多くの方が大学で競技を引退されることが多いと思いますが、鈴木さんは現在もオリンピックに向けて頑張っていらっしゃいます。フェンシングの競技生活を継続するかどうか、これまでに迷うことはなかったんですか?

ずっとフェンシングを続けたいって思っていましたが、大学に入って思うようにいかず、結果が出てなくてフェンシングを辞めようと考えたことがありました。それが大学2年生のユニバ―シアードの時です。

※ユニバ―シアードとは2年毎に開催される「国際学生競技大会」のこと。   

当時の私はユニバーシアードへ出場できなければオリンピックにも選ばれないと思っていました。ユニバ―シアードへは、予選の優勝と準優勝が出場権を得ることができます。

大学2年生の時は調子がよくて結果も上がっていました。少し天狗になっていたんでしょうね。ユニバ―シアード予選で優勝した子に負けてしまいました。

いつも負けた時は「この子に何で負けちゃったんだろう」と反省をするんですが、ユニバ―シアード予選の時は負けた自分にすごく腹が立ちましたし、負けたことで私の人格を否定されているように感じてしまって・・・。

更に、その大会で同期がユニバ―シアードへ参加することが決まって、同じ大学生なのに比べられている気がして、会場にいる人全員が「敵」に見えてしまったんです。

その後はひどく落ち込んでしまって、家族以外が「敵」に見えるし、部活も行きたくない、練習へ行っても気が入らず、試合も勝ちたいけど負けるのが怖くて勝負できなくなってしまったし、「誰も私なんか応援してない」と思い込んでいました。当時の練習とかあまり記憶に残っていないですね(笑)。

フェンシング部のコーチが心理学の先生で「自分が何を考えているのか」とか「私ってどういう人なんだろう」など色々書きだしてみたら?と言われてやってみましたが、私の中ではずっとモヤモヤが続いていました。

そんな気持ちが長々と1年間続きました。

―1年間も!どのタイミングで心持ちが好転されたんですか?

変わったのは4年生の夏に教育実習へ行ったときですね。1年間悩んだ中で、私と同じ状況で悩んでいる人がいるなら、もうフェンシングを引退してそういった人を支える側になりたいと思い始めました。

そんなことを考えながら教育実習へ参加したんですが、私の出身高校は部活動が強くない高校でした。でも、毎日部活動を一生懸命行っている生徒の姿を見て、昔の私はオリンピックに出場したいという気持ちでフェンシングを始めたのに、「今の私、何をしているんだろう」と感じたんです。

3週間はあっという間に終わり、教育実習最終日には生徒から花束や手紙をたくさんいただきました。

教育実習の担当教員が、私が高校3年生の担任で、「その花束や手紙は鈴木さんが頑張ったからもらうことができたんだよ。何ももらえない人もいるからね。」と先生から言葉を頂きました。実際、教育実習へ行った同期の中でもらえていない人もいました。

その言葉を聞いて先生に「私は教師にもなりたいけど、やっぱりオリンピックに出るためにもフェンシングがしたいです。」と一年ぶりに自分のやりたいことを言葉にしました。それまでは、怖くて自分のやりたいことを口にできませんでした。

―高校生、先生のおかげですね!

教育実習が終わってから「日本一になる」という目標を定めて強くなろうとフェンシングに向き合いました。練習や試合を重ねる毎に結果が出てきて、成績もグングンあがるようになって、そして、最後に迎えた全日本選手権で個人3位、団体戦では優勝という今までで一番良い成績を納めることができました。

大学2年生から3年生の落ち込んでいた時期に多くのことを吸収できたからだと思っています。

おそらく教育実習に行ってなかったら地元に帰っていましたね。

―僕も学生時代、教育実習へいきました。大変ですけど、でも終わってみれば感動しました。年下の方から学ぶことってたくさんあると思います。いろんな出会いが今の鈴木さんを支えているんですね。

~教えて鈴木さん!フェンシングの魅力とは~

―さて、東京2020の競技であるフェンシングですが、鈴木さんが考える「フェンシングのここを見てほしい」というものはありますか?

フェンシングってすごい駆け引きを行っている競技で、お互いがお互いを騙し合いしているんですよ。すごく意地悪なスポーツなんです(笑)

―そうなんですか!

わざと失敗した演技を見せて相手をおびき寄せてポイントを取ることや、何回も剣をぶつけているなと思いますが、同じ方向に剣を意識的にぶつけたりと、ピスト(コート)の中でどういう駆け引きを仕掛けているのかというところを見てほしいですね。

早い技とかもちろんかっこいいですけどね。見えない駆け引きとかおもしろいですよ~!

私の種目(エペ)はランプがついたら得点というわかりやすいルールなので、見やすいかなと思います。駆け引きの距離とか見てほしいです!

―今までそういう観点で観たことがなかったですが、興味深い。見てみます。

フェンシングは『華麗なスポーツ』というイメージがあると思うんですけど、得点した時に非日常的な雄叫びをあげるくらい感情が出るスポーツなんです。そこも魅力ですね。

―確かにテレビでフェンシングを見ていると選手は雄叫びを上げていますね。ちなみにフェンシングをテレビで見るときの楽しみ方は駆け引きの他にありますか?

まず、私が行っている種目の『エペ』は3分やって1分休みを計3セット行う中で15点獲得したほうが勝ちというルールです。

見ている場合、ランプがついたら1点獲得になるので、簡単にいうと15回ランプが点灯した人が勝ちです。

大会の決勝やオリンピックなどでは接戦になることが多く、逆転することもあるので、最後まで勝利者がわからないことが見ていておもしろいポイントだと思います。

―なるほど。野球みたいに9-0で勝っているという点差が、さらに試合終盤にかけて大きく開くような試合は少ないということですね。

だから最後までどちらが勝つか分からない。選手として自分の流れを掴むこと、つまり主導権を握ることが重要です。そのために駆け引きを行います。

点数の積み重ねが駆け引きに変わるので、今得点を取った技が次はフェイントで使えたりと攻め方を変えていくことが多いです。

―なるほど!そういうことか!1,2点目は同じ技だけど3点目はしないとうことですね!

左側が鈴木さん。かっこいい・・・

そうです。なので、最後まで得意技を隠しておく選手が多いですね。1点を取るためではなく、最後15点を取る試合運びを選手は考えています。とても頭を使うスポーツなんです。

フェンシングを言葉や文章で説明するのって難しい(笑)

―難しい試合運びですね。僕には難しそうです・・・。

―さて、インタビュー時間も残り少なくなってきました。

スポーツフィールドでは体育会の就職活動をサポートしています。部活動と就活の両立は大変だと思いますし、大学で競技をやめてしまう人も少なくありません。そこで、体育会OGとして就活生にかけてあげたい言葉はありますか?

自分と向き合うこと」を大切にしてほしいと思います。

私も教員採用試験のために自己PRを考える時に、ネットで定型文などをたくさん参考にしました。特に体育会の私たちはスポーツをやってきているので「努力し続けることができます。」や、「忍耐力があります」など定型文がたくさんありました。

でも、それって自分の言葉ではなくて、他人が考えた言葉を自分と照らし合わせてちょっとアレンジして書いているだけじゃないですか。

自分が経験してきたことで嘘は一つもないし、結果が良かろうが悪かろうが自分が大切にしていたことを伝えることが大事なことだと思います。

自分を見つめなおすことはとても時間がかかるし、苦しかったこともありますが、自分の強みを理解して、その会社で働きたい理由や本当にやりたいことなど自信をもってアピールできるし、やるべきことも自ずと見えてくると思います。

―自分と向き合う時間ですか。本当に大切なことですよね。

自分に向き合っている人は就活できない、部活ができないとか言い訳をしないですよね。

―鈴木さんの「なりたい」目標は「オリンピック」だと思いますが、鈴木さんの中で「どうありたいですか」と質問されたらなんて答えますか?

どうありたいですか・・・。

「未来は今の積み重ね」という私のおじいちゃんが言っていた言葉なんですが、本当にその通りだなって思っています。今の積み重ねが大きな未来につながります。今のこの一瞬一瞬を全部大事にしていけばなりたい自分にもなれるし、一瞬を大事にしてることが未来につながってくことだと思います。「今を大切にできる人」でありたいですね。

―最後に、鈴木さんがこれだけは伝えておきたいということはありますか?

夢を叶えることは簡単ではありません。でも諦めない気持ちがあれば絶対叶うって思っていますし、信じています。

自分が思ったこととかこうなりたいって言った事は基本的にどんなに時間がかかってもできることってすごくいっぱいあると思うんです。

例えば私の場合、オリンピック出場という目標のきっかけになったソフトボール日本代表の上野由紀子さんにずっと会いたいと思っていましたが、ナショナルトレーニングセンターでお話することができました。感動で泣きそうになりながら「上野さんの北京での活躍をみて、オリンピックを目指しています」と伝えました。

―すごい!なんて言ってくれたんですか?

「わざわざありがとうございます!頑張ってください!」と言葉をいただきました。本当に会いたい人と会うときって握手してほしいとか言葉がでてこないんですよね。握手してもらえばよかった・・・(笑)

あとは大学2年時のユニバ―シアード予選の時はひどく落ち込みましたけど、結局は私の努力が足りていないので出場できなかっただけで、努力を積み重ねれば大学卒業して1年目でちゃんと予選で優勝して、ユニバーシアードへ出場できました。

どんなことでも、途中で諦めてしまったら夢が叶わない。でも、諦めずに小さな努力を続けることが重要で、努力の方法を変えたり、周りと協力すれば叶うことってすごくいっぱいあると思います。

この記事を読んだ人の中で悩んでいたり、諦めようとしていた人がいるならば「絶対そんなことはないよ。」と伝えたいです。

―目標である「オリンピックでメダル獲得」という目標に向けてこれからも努力を積み重ねてください!

応援しています!そして、鈴木さんの姿をオリンピックで見れることを楽しみにしています!

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