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小野 昌彦

東北福祉大学軟式野球部コーチ・監督代行。高校、大学では硬式野球部で活躍。その後、東北福祉大学軟式野球部でコーチを続け、2015年より全日本大学軟式野球連盟日本代表監督に就任。

 

 

今回は、全日本大学軟式野球小野監督へ対談のお時間をいただきました。2部構成となっております。
 
~主体的に動く~
―小野さん、本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、日本代表はいろいろなチームの方が集まる組織だと思いますが、監督として指導する際に大切にしていることはありますか?
僕自身、そして、大学の指導方針もそうですが、主体性を持たせることを一番に考えています。僕は硬式野球の経験で、どうしても上からの指示で動くというところがありました。ですから、自分たちで考え、目標設定をして、何をするべきかということをまず考えさせています。
 
―なるほど。軟式野球日本代表の場合、目標設定は世界一ですか?
硬式野球と違い、軟式野球界には世界大会のような各国が集まる大会がありません。じゃあ世界大会を開くために、「今現在の代表チームで、何をすれば未来の自分や後輩たちが世界大会を開けるようになるのか」ということも考えながらやっています。
そういう面では、硬式野球とか他のメジャーなスポーツと違って、マイナースポーツとして「こういう形で世界に広げよう」とか、子ども達に「軟式は安全な野球で、硬式に行く前にこういった野球もあるんだよ」ということを世界的に広めていきたいと考えています。
 
硬式野球は危険なイメージがあるというのが親御さんの本音で、実際に死亡事故が起こっているケースもあります。子どもは野球がやりたい、でも親は危険だからやらせたくないというジレンマの中で一つの選択肢として、軟式野球にしかできないやり方でアプローチしていこうと思っています。
 
ー選手に主体性を持たせることが大切だと仰っておりますが、小野さんご自身が「そうしよう」と思ったきっかけはありましたか?
僕は選手としては硬式野球の経験しかありませんが、高校、大学と経験した中で、「指示を待つ」という姿勢にずっと疑問を感じていました。そこに疑問を感じた原点は、最初に膝の手術で入院をした時です。リハビリをする中で、言われていることだけやっていたら、どう考えてもケガをしていないみんなと同じレベルでいられるどころか差が開いてしまう、追いつけなくなると感じました。
 
そこで自分で考えて、「自分に何が足りないのか」ということを見つめて、何が必要なのかを勉強しなければいけないと考えました。監督や部長先生は全体を見ないといけないので個の選手だけに目を向けるわけにいかない。そんな中で大きな気づきがありました。
 
入院先で知り合った大阪府警ラグビー部の方と仲良くしている中で、その人たちから「ラグビーは中学校、高校、大学関係なく、監督はフィールドにいないぞ。野球は監督がいるけど、結局、プレーしているのはお前らじゃないの?」と言われた時に、そこで自分の中の「クエスチョン」が「ビックリマーク」に変わって、「あ、やっぱりそうか!」と腹落ちした感じでした。
どういうことかというと、監督からの指示は当然あるけど、指示した目標にたどり着くために、自分で考えて、準備することが結局大事なんじゃないかということにたどり着いたんですよね。
 
―主体的に考えることを重要だと気が付いたんですね。
そこがスタートですね 。僕は人生の師と思っている方が二人いて、一人は自分の父親ですが、野球・スポーツに関しての師は、西武やダイエーのGMで活躍した『根本陸夫さん』という方がいます。みんな共通しているのが「指示を待っていたらダメだ」ということでした。(編注:根本陸男さんについては、弊社の過去インタビュー記事にも登場されています!「https://www.spodge.sports-f.co.jp/900/」)
 
根本さんと父親が親友だったので小学生の低学年からお会いすることがよくありました。直接お会いできたことは大きかったかなと思います。人との付き合い方や、「人の意見は絶対聞く耳を持て、それを実行するかしないかはお前の判断だ」ということをずっと言われました。当時、小学校の時はそんなこと言われても全くわからなかったですが、自分が入院した時に「こういうことか」と理解できました。
 
―当たり前と思っていた野球が出来なくなるといろいろな価値観が変わりますよね。私も入院した時に感じました。
 
~軟式野球の可能性~
―お話を聞いていて感じたのが、競技色の強い『硬式野球』と比べて、『軟式野球』は野球というスポーツの可能性を広げていくために必要で、両輪となって棲み分けて発展していくことが、今後の日本球界発展のカギではないでしょうか。展望はありますか?
僕は軟式野球の変革をしたくて監督に就任しまして、一方で父親が硬式野球の全日本大学野球連盟専務理事、関西野球連盟の理事だったこともあり、硬式野球も近い距離で見てきました。
 
ただ、残念なことに2024年オリンピックでまた野球が競技から外れましたよね。
今、硬式野球だ、軟式野球だと言っている場合じゃない。今こそ、全日本軟式野球連盟、硬式の日本野球連盟、日本ソフトボール協会が手を組むべきだと思います。「何を言っているんだ」と言われるかもしれないですけど、硬式野球とソフトボールだけでは限界があると思うんです。
 
同じ野球でボールが違うだけだと思います。であれば、軟式は軟式にしか出来ないことをして、野球というスポーツを広げていけばいい。そして、硬式野球は野球を続ける上で、もう一つの選択肢として考えればいいと。ソフトボールと硬式野球がタッグを組んでいますが、「それだけでいいんですか?」と思います。

軟式野球日本代表

 

でも、硬式野球の考え方もわかるんです。彼らからすると、軟式は「お遊び」のイメージがある。
だからこそ、大学と全日本軟式野球連盟も天皇杯に出場しているような強豪チームと連携をとって、野球界を変えていくというか、構造自体を変えなければダメだと思うんです。
大人のプライドなんていらない。これから20,30年と子どもたちが減っていく中で、どうやって野球というスポーツを残していくのか、先を考えて野球のことを考えなければいけないと思います。
 
僕はトーナメントのような一発勝負の場合、プロよりアマチュアの方が強いと思っています。トーナメントが多いので戦い方を知っているので。大学でもそうですが、東北大会はリーグ戦と言いながら、1試合でも負けたら脱落する緊張感の中リーグをやっていますよ。
 
オリンピックへプロが出るのであれば、軟式野球を別の競技としてやるべきだと思います。安全面は考慮されているし、フェンスとかなどの設備が十分でなくてもできますよということを海外へ伝えていくことで野球のイメージを変えられます。現に、後進国へ野球道具を送っているのは軟式野球が多いですよね。硬式のボールは雨に濡れてしまったらダメになるし。
 
―野球界として、軟式野球を上手く活用してほしいということですね。
極端に言えば、軟式野球を野球普及の手段として使ってくれれば良いんです。
軟式野球の発展のために、硬式野球にお金を全部出してほしいなんて考えていませんし、それは僕らで努力する問題です。実際、大学軟式野球の日本代表は自分たちでスポンサーを探しています。
 
(我々の)メインスポンサーはキリンさんですが、野球をサポートするという話になった時期がありました。それに対するリターンとして僕たちに何ができるかというと・・・野球教室を開くという話だったので、プロ野球選手を呼ぶのであれば、ボランティアでアシスタントをやりますよとお伝えしました(硬式野球部はプロ・アマの規定により指導できない場合があり)。キリンさんへは大学軟式野球が組織になるための土台作りをしなければいけないので「知識をください」と伝えました。
 
そこから話はとんとん拍子進み、今は全国各地で開催される野球教室で、軟式野球に取り組む地区の大学生が10名ほどボランティアでプロ野球選手と一緒に野球教室を行っていますよ。
 
 
~学生としての在り方~
―東北福祉大学では特に学業もしっかりと行う環境があるとお聞きしました。その中で、硬式野球、軟式野球、ゴルフで日本一になっていますよね。素晴らしいです。
個人種目を含めると空手部も昨年日本一になりました。授業に行かないで練習ばかりやっているだろうと思う方もいらっしゃると思いますが、学校の方針で「スポーツ馬鹿になるな」という先代の学長からの考えで、全ての部活動が単位を優先しています。ですから、補講も含めて授業に重ならないように活動しています。もちろん合宿もそうです。リーグ戦も仙台では必ず土日にやるようにしますから。
部員数が多ければ、学校へ行かないで遊ぶやつも出てきますから、そこをどう少なくするかということ、ここ十数年間は運動部の指導者はみんな注意しながらやっています。 学校あっての部活動ですからね。

5年ぶり3度目の日本一になった時 2018年8月

 

―そういった環境の中で、常勝集団になる理由は何がありますか?
僕が東北福祉大学に来て感じたことは、野球部やゴルフ部など、大学記念行事やオフシーズンになるとOBが来ますね。OB 会にしても集まりも結構いいみたいです。主体性を促すための自主性を行動で見せるような教育を大学の各指導者がしているからだと思います。
 
今は、大学でOBが練習などできる環境があるので、現役との間にコミュニケーションの場があることは素晴らしい。こういったOBの活動が今の現役学生に伝わっていると思いますよ。ゴルフ部は元々こういったことがありませんでしたが、今はOBの松山英樹選手は東北にきたら必ず一緒に練習をしています。
 
そういう部分では、僕は23年前に仙台に来て、軟式を指導してくれと言われた時に、どうしても今までやらされてきた自分がいたので、「やらせる指導をしなければいけない」と考える自分と、「指導者になったからこそ、主体的に動くような指導をやってみよう」と悩む自分がいる中で、阿部監督が「主体的に考えるような指導をしてくれ」と勧めてくれました。
 
―学校を挙げての校風・文化ですね。主体的に動くといえば、学生が考えて朝に練習をするようになったとお聞きしました。
朝練の件については僕からは一言も言ってないです。2013年に日本一になりましたが、2012年の時に全国大会決勝戦で日体大に0-1で負けたんですよ。その時に当時のキャプテン、新キャプテンの何人かで「どうすれば勝てるのだろう」という話になりました。練習自体はみんなハードにやっていましたよ。学生から「小野さんはどう思いますか」と言われた時に、「まず、みんなで考えた答えを持ってきなさい」と伝えました。
 
―先日お渡しした、天理大学ラグビー部の記事をご覧になられたとお聞きしましたが、負けから学ぶことはたくさんありますよね。(記事はこちら→https://www.spodge.sports-f.co.jp/1745/
深い内容でしたね。負けた後は誰でも反省します。でも、学生は「大会まで、まだあと何日もあるから」という気持ちなので、3日後には反省を活かせていないんです。僕は「勝たなければ見えない景色がある。そのためにどうするのか。」と考えているので、「練習試合で負けたことを、その後に活かせていないよね。」とヒントを伝え、それ以外は「あとは自分たちで考えなさい」と伝えました。
 
数日後に、新キャプテンから「朝6時から練習してもいいですか?」と相談を受けました。当時は寮がなく、部員は自宅から通っていたので「ちゃんと練習に参加できるか?大丈夫か?」と返したんです。それでも、「勝つために、そして授業をちゃんと受けるにはこれしかないんです」と言われました。朝練習をすれば、必然的にそのまま授業に行く環境ができますから。
 
学生同士注意し合いながら、家が遠い人は近くに住む学生にシャワーを浴びて授業に参加するなど協力し合っていましたね。学校へ行って勉強するなど、私生活もしっかりやることが、野球に活きてくると考えて学生が決めて取り組みを始めました。
 
―朝6時からの練習に切り替わったあと、成果は出ましたか?
取り組んだ翌年の2013年に、20年ぶり2回目の全国優勝を果たしました。
僕も学生から勉強させられました。「こういう発想できたか」と。僕はその発想を持っていなかった。

 

後半へつづきます。https://www.spodge.sports-f.co.jp/1989/

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